隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

進化の技法――転用と盗用と争いの40億年

ニール・シュービンの進化の技法――転用と盗用と争いの40億年 (原題 SOME ASSEMBLY REQUIRED: Decoding Four Billion Years of Life, from Ancient Fossils to DNA)を読んだ。本書は生命の大進化が起きる仕組みを、生命科学の発見の歴史と絡めて解説した本だ。

ダーウィンが思い描いた進化は、ある種が無数の中間段階を経て別の種になる、というものだった。ロンドンの敬虔な福音派の両親のもとに生まれたセント・ジョージ・ジャクソン・マイバート(1827~1900)は子供のころから自然界にい強い興味を抱いており、昆虫や植物、鉱物を収拾して分類していた。将来の夢は博物学者かと思われたが、16歳の時聖公会信仰になじめなくなり、カソリックに改宗してしまった。そのために、オックスフォード大学にもケンブリッジ大学にも入学できなくなり、宗派の選択が問題にならない法学院に進み、弁護士になった。このマイバートはダーウィンの考えに強い疑念を抱き、斬新的な変化を旨とするダーウィンの理論に反論を投げかけた。たとえば、翼の事を例にすると、翼の進化が始まったときに、初期段階の翼がいったい何に使えるというのか?というものだ。マイバートは「進化に大いなる変遷が起きるときには、1つの器官が変わるだけではなく、全身の所々の特徴が一斉に変化しなけらばならない」という見解を最初に主張した。

Hox遺伝子群

ヒトや哺乳類はHox遺伝子群と呼ばれる遺伝子を持っている。Hoxの後に数字をつけて、Hox1、Hox2などと呼ばれていて、脊椎、肋骨など骨格にかかわる部位で発現していて、その形成にかかわっている。例えば腰椎の発現する部分ではHox10という遺伝子が発現し、仙椎の領域ではHox11という遺伝子が発現している。遺伝子と遺伝子が発現する場所が結びついているのだ。Hox11が発現しないようにしたマウスでは、仙椎が丸ごと腰椎に置き換わったマウスが生まれた。同様に、尾で発現しているHox遺伝子を欠損させると、尾を欠いたマウスが生まれ、肢で発現している複数のHox遺伝子を欠損させると、肢の骨格が「1本、2本」のマウスが生まれた。肢に特有の遺伝子は魚も持っており、魚のヒレで発現している。この遺伝子を欠いた魚は鰭条が作られなくなったのだ。

マウスやヒトで手の形成に必須の遺伝子群は、魚にも存在していて、ヒレの骨格の末端部分にある骨である鰭条の形成に関わっているのだ。かっては外見的な違いからしか物事を推測できなかったが、今や遺伝子レベルでどのように違うのか・同じなのかという事がわかるようになり、遺伝子レベルでは転用が起きていることがわかってきている。

染色体のコピーミス

染色体が複製されるとき、新たな対は互いの一部を交換することがある。この時、交換が均等ではないと、片方の染色体が一部の遺伝子を余分に持ち、もう一方にその分欠失が起きる。このことが起きると、同じ遺伝子のコピーを多数持ち、通常より多くのゲノムを持つ子孫が誕生する場合がある。

また、染色体が複製され、新しい卵子精子に分配されるとき、正しい場所に行き着けないと、余分な染色体をもつ卵子精子ができることになる。このような精子卵子が受精すると、余分な染色体をもつ胚、または余分な一組の染色体をもつ胚が誕生しうる。染色体を余分に一本持つ場合は先天的な病気になる場合が多いようだが、一組の染色体をもつ場合は強壮になることが多いようだ。

生物の遺伝子を調べると同じようなパターンの遺伝子が多数存在することが分かっており、生命は重複した遺伝子を持っているようなのだ。遺伝子が重複して複数あると、旧来の機能を維持しつつ、重複した遺伝子が変異して新たな機能を獲得することが可能になる。

跳躍遺伝子と脱落膜間細胞

我々が食べているトウモロコシの実は一粒一粒が別々の胚であり、遺伝的な研究をする格好な材料だ。バーバラ・マクリントックはトウモロコシの実を数種類の色素で染め、白黒の縞をもとに染色体の各領域を細かく特定できるようになった。そして、あることに気付いた。染色体のある領域が、なぜか切れやすいのだ。その破断しやすい領域がゲノム内を飛び回っているように色々なところに配置されていた。跳躍遺伝子というアイデアは当初全く受け入れられなかったが、このような遺伝子の跳躍はトウモロコシにだけ起きることではなく、色々な生物で起きていることが発見されている。

「父親の遺伝子やたんぱく質を受け継いでいる胎児は、母親の体内では異物である」という大前提があるが、母親の免疫応答を防いだり、胎児に栄養を届けるのが脱落膜間細胞だ。脱落膜間細胞はプロゲステロンと呼ばれるホルモンと密接に関係している。プロゲステロン血中濃度が上昇すると、子宮が妊娠に向けた準備を始める。子宮の細胞が増殖・分化し、子宮を裏打ちする子宮内膜が厚くなる。プロゲステロンの濃度上昇により、線維芽細胞という一群の細胞が脱落膜間細胞に分化する。もし、その月に妊娠が起こらなければ、それらの細胞は剥がれ落ちる。一方妊娠が成立すると、卵巣からますますプロゲステロン産生されて、子宮を裏打ちする細胞や細胞間の豊かな気質が増殖を続け、脱落膜間細胞も形成されていく。

ヴィンセント・リンチは線維芽細胞をシャーレに入れ、プロゲステロンを加えて、脱落膜間細胞に分化する様子を再現し、細胞内で発現している遺伝子を調べた。その結果、数百個の遺伝子が同時にオンになっていることを発見した。更に、脱落膜間細胞の形成にあずかる数百の遺伝子のほぼすべてにプロゲステロンに応答するスイッチがあった。リンチは遺伝子スイッチの構成そのものに着目し、共通のパターを探して、見つけたのだ。そしてこのパターンを既知の遺伝子データベースと照合すると、遺伝子スイッチには跳躍遺伝子の明白な痕跡が見つかったのだった。数百の遺伝子をオンにするスイッチも、既に存在していたから、このようなことが可能だったのだろう。

細胞内小器官と融合

ミトコンドリアが細胞内に取り込まれてエネルギー供給源として使われるようなったという事は知っていたが、葉緑体も細胞内に取り込まれたというのだ。これを発見したのがリン・マーギュリアス(1938-2011)で、細胞を観察している時に葉緑体がシアノバクテリアにそっくりなことに気付いた。また、ミトコンドリアもある種の細菌に似ている事にも気づいた。葉緑体ミトコンドリアもDNAを持っているが、それらは細胞核内のDNAとは全く異なっていて、葉緑体はシアノバクテリアに近く、ミトコンドリアは酸素消費型の細菌に似ている。彼女が発見を報告した当時には、その発表は嘲笑され、無視された。1980年代になりDNAの解析が容易になるに至って、彼女の説は受け入れられるようなった。