隠居日録

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2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

ウクライナ戦争と向き合う ― プーチンという「悪夢」の実相と教訓

井上達夫氏のウクライナ戦争と向き合う ― プーチンという「悪夢」の実相と教訓を読んだ。本書が出版されてからすでに半年以上たっているが、まだ戦争は継続している。このブログを書いている時点で、ワグネルの反乱が起き、あっという間に収束するという全く先がどうなるかわからない状況にいる。

この本を読んで初めて知ったNATO及びロシアを取り巻く状況があった。それはプーチンが2000年に大統領に就任した直後はNATOを敵視していなかったという事だ。2002年にNATOローマ首脳会談にプーチンが招待されていて、その時にNATOロシア理事会が設立された。これはロシアを準加盟国として扱う事であり、プーチン自身はNATOの加盟国になることを望んでいたというのだ。NATOロシア理事会が国際テロ対策、危機管理、大領破壊兵器の不拡散、軍備管理、海難救援などの諸問題に関して最高政策決定機関となった。2008年ロシア・グルジア紛争により一時的にNATOとロシアの関係は悪化し、同理事会は休会するが、2009年3月には関係が修復され、同理事会の再開が合意された。その後、クリミア併合・ドンバス地方軍事介入に対し、2015年春にNATOはロシアとの協力関係の停止をするが、12月にはロシアとの協議の場を維持するためNATOロシア理事会を再創設する決定をしている。

また、2003年10月にロシアを訪問したNATOのロバートソン事務総長は「ロシアは2~3年内にNATOの正式加盟国になるかもしれない」といい、またこれに先立つ米ロ首脳会談でブッシュ米大統領が「非公式かつ極秘裏」にNATO加盟をプーチン大統領に求めたらしい。しかし当時のクレムリン内では意見が分かれ、イワノフ国防相(当時)は反対した。その理由は、イラク問題で独仏とアメリカの間亀裂が生じている、仏独ルクセンブルク・ベルギーがNATO加盟のEU諸国だけで独自の作戦司令部を持つべきだと言い始め、NATOに亀裂が生じているからだという。

今回のウクライナ戦争の原因の一つにNATOの東方拡大が上がる場合があるが、以上の状況から著者はこの説を否定している。著者は「対外硬、内に憂あり」が理由だと言い、「それは対外的に強硬な姿勢をとるのは、国内に権力基盤が揺るがされる恐れがある憂慮すべき鬱憤がたまっている」ということだ。国内の不満をかわす為に、対外的な戦争を仕掛けたのだというのだ。これが真実かどうかはわからないが、国のレベルで考えれば、戦争はペイしないことは明らかだ。しかし、権力者が一個人のレベルで考て、戦争によって失うこと・ものを考慮する必要がないなら、戦争というのは国内の不満をかわし、引き締めるにはもってこいの方法であるのは確かだ。

本書で興味深かったのが、「二悪二正論」という考え方だ。この言葉自体著者の造語なので、探しても見つからないだろう。これは「ある主体の悪を批判する他の主体も同じ悪を犯しているのなら、どちらも悪いのだから、どちらも相手が悪いと責められない。よって、どちらの悪も赦される。よってどちらも悪くない。すなわち、悪くないという消極的な意味においてどちらも正しい」という誤った思考展開で悪を肯定してしまう陥穽に我々がはまりやすいという事だ。典型的には「お前だってやったじゃないか」という反論に対して、我々が思考停止してしまう事だ。あるいは「自分のは違う」とか「自分はやっていない」と開き直ることだろう。思考停止したり、開き直るのではなく、同じ悪を糾弾する原理で自らも裁くことが重要だろう。

著者は本書の後半で憲法九条と自衛隊法の関係に関して論じているのだが、交戦権を放棄している日本は戦時国際法の交戦法規を日本国内で適応するための国内法体系が欠損しいてると指摘している。この件とは直接関係ないが、自衛隊候補生の隊員が自衛隊員を銃撃した事件が起きたが、こういう事件が軍の中で起きたら憲兵が出てくると思ったが、犯人は警察に逮捕された。「あれ」と思ったが、日本の自衛隊には憲兵に相当する部署はないのか?という事は軍事法廷もないのだろうか?今まであまり考えたことがなかった。