隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

私雨邸の殺人に関する各人の視点

渡辺優氏の私雨邸の殺人に関する各人の視点を読んだ。クローズドサーキット物で、土砂崩れで隔絶された山荘で起きる殺人事件のミステリーだ。ミステリー同好会の大学生が事件に巻き込まれて、謎解きに乗り出すというような、典型的な舞台設定のミステリーになっている。

T大学のミステリー同好会の大学生の二ノ宮はSNSを通じて雨目石昭吉と知合った。昭吉は人里離れた森にかって殺人事件が起きた館を所有しており、ミステリー好きの二ノ宮を招待した。二ノ宮は先輩の一条とともに館を訪れた。館には昭吉のほかに孫のサクラ、梗介、杏花と昭吉が名誉会長を務める会社の会長補佐である石塚、日雇い料理人兼家事代行の恋田がいた。そこに屋敷の写真を撮影に来た雑誌編集者の牧と山歩き中に足をねん挫した水野が加わり、最後に田中という男が道に迷ったと助けを求めてきた。そして、雨により土砂崩れが起き、館につながるトンネルがふさがれ、外界と物理的に遮断されてしまった。クローズドサーキットの完成である。この状況に二ノ宮はワクワクしていた。そして事件が起きて、昭吉が殺された。発見された状況は密室で、何者かに刃物により刺されていた。しかも、Tという血文字があり、ダイイングメッセージが想定され、更に二ノ宮はこの状況をひそかに喜んでいた。

唯一の外部との通信手段だったwifiルーターが犯人により破壊され、通信は完全に遮断され、残った彼ら10人は警察に連絡がつくまで、犯人を捜しを始めるのだった。実はもう一人後半の方で殺され、連続殺人になるのだが、この状況では科学的な捜査はできない。昭吉が殺されたときは夕食中だったのだが、途中席を外したものがいたりと怪しい人間はいるが、どのように密室を構成したのかがわからないと犯人にはたどり着けない。かれらは後半で推理合戦をするのだが、指摘される人物は犯人じゃないという、お約束の展開を辿っていく。これはこの手のミステリーには必要なことで、十分盛り上げてくれる筋立てになっている。

この小説の特徴は、【A-二ノ宮】、【B-牧】、【C-梗介】と三人の視点が切り替わりながら展開していく。そして、時々【X】という作者の視点が挟まる。Xの内容は誠実なもので、ミスディレクションはない。こういう作者視点を挿入するのもこの手のミステリーの常道だ。そして、作者が書いているように、それぞれの人物が全てを正直に語っているわけではない。なんせ、この中に犯人がいるのだから。このミステリーは正攻法的に怪しい人間から考えるのが良いのだろう。密室の謎もあっと驚くようなものではないので、じっくり考えればわかるかもしれない。