隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

図書室のキリギリス

竹内真氏の図書室のキリギリスを読んだ。

高良詩織は大学時代の友人の井本つぐみのつてで高校の学校司書の職に就いた。詩織の夫が突如失踪して3年が経ち、法定離婚事由が成立し、離婚届が受理された。それを機に新たに職を探し始めたところ、運よく学校司書として雇われることになったのだ。この作品は高校の学校図書室を舞台にした日常の謎のミステリーだ。本作品は連作短編になっており、図書室のキリギリス、本の町のティンカー・ベル、小さな本のリタ・ヘイワース、読書会のブックマーカー、図書膣のバトンリレーの5作品が収録されている。

舞台は高校の図書室で、そこで働くことになった主人公の新米・素人学校司書を中心に話が展開していく。各話では本にまつわるちょっとした謎が提示され、図書室を舞台に実在する本を絡めたり、学校司書の仕事や実情などをうまく説明しながら、その謎に迫っていく構成になっていて、うまくまとまっている。例えば、最初の「図書室のキリギリス」では、校長先生から「モーフィー時計の午前零時」という本が寄贈されるが、寄贈者は匿名の「円花蜂」にしてほしいと言われる。「モーフィー時計の午前零時」はチェス小説のアンソロジーなのだが、校長はできれば囲碁将棋部の生徒に勧めてほしいという。「円花蜂」の由来となぜ校長はチェスの小説を囲碁将棋部の生徒に勧めてほしいと言ったのかの謎が推理される。この話で実際に推理したのは、図書室の常連の生徒ではあるのだが、名前の由来は図書室にある本を使って解いてみせる。

主人公の高良詩織はどういうわけだか、物に刻まれた思いを感じることがあり、それが手掛かりになって推理を進めることもあるが、その不思議な力で謎を直接解くわけで、ミステリーとしてもアンフェアではないであろう。

コーヒーが冷めないうちに

川口俊和氏の コーヒーが冷めないうちに を読んだ。

この小説は短編連作になっていて、4編のストーリー(恋人、夫婦、姉妹、親子)が収録されている。各ストーリーは独立してはいるものの、登場人物が共通しており、あるストーリでのちょっとした出来事が次のストーリに結び付いているというような構成になっている。

或る日清川二美子は賀田多五郎からある喫茶店(フニクリフニクラ)で一方的に別れ話を告げられ、多五郎はその足で空港からアメリカに旅立って行ってしまった。地下にあるその喫茶店はあまり目立たなく、いつもの喫茶店が休みだったのでたまたまその店に入っただけだった。店は狭くて、カウンターに三席、二人がけのテーブル席が三席しかなく、何ともパッとしない喫茶店なのだ。その喫茶店で別れ話をされてから一週間後二美子はあることを思い出し、再びその喫茶店を訪れた。実はその喫茶店には不思議な力があり、過去に戻れるというのだ。しかし、過去に戻れると言っても、色々と制約がある。

  1. 過去に戻っても、この喫茶店を訪れたことのない人には会えない
  2. 過去の戻ってどんなに努力しても、現実は変わらない
  3. 過去に戻れるのはこの喫茶店のある席に座った時だけ
  4. 過去に戻っても、その席からは移動できない
  5. 過去に戻れる時間には制限がある

3番目の制約にはおまけがついている。その過去に戻れる席にはいつもワンピースの女が座っていて、無理に席を変わってもらおうとすると、呪われるのだ。というのも、実はそのワンピースの女は幽霊なのだ。だから、ワンピースの女が一日に一回トイレに行く隙に、その席に座るしかない。そして、5番目の制約は、過去に旅立つ前に淹れられるコーヒーが冷めないうちに、コーヒーを飲みほして、現在に戻ってこなければならない。もしコーヒーを飲み干さなかったら、幽霊になると言われている。「コーヒーが冷めないうちに」のタイトルはこの部分から来ているのだ。

さて、第一話目の「恋人」では日清川二美子と賀田多五郎が分かれるところから始まり、徐々に二人の過去や喫茶店のこと、常連客のことが語られながら、二美子が過去に旅立ち何かを得ることが描かれる。過去に戻っても過去に起こったことは変えられない。でも何かが変わる、ホロリとするストーリーが収められている。