隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

時空旅行者の砂時計

方丈貴恵氏の時空旅行者の砂時計を読んだ。

本作は第29回鮎川哲也賞を受賞した作品で、SF+ミステリーの構成をとっている。SFのところは主人公で探偵役となる加茂冬馬が不思議な声にいざなわれて過去の世界にタイムスリップするところなのだが、実はミステリー部分の解決にもタイムスリップが影響してくるという設定になっている。加茂の妻は突発性間質性肺炎に侵され、余命いくばくもない状態になっていた。その妻を救うために、藁をもすがる気持ちで、スマホにかかってきた「非通知」通話の謎の声に誘われるままに過去に旅立つ。58年前に妻の一族に起きた「死野の惨劇」が「呪い」の根源であり、それは繰り返し一族に降りかかっていると謎の声は言う。そして、その呪いを解決すれば妻が救えるという言葉を信じたのだ。加茂はかってオカルト雑誌の記者をしており、「死野の惨劇」も調べたことがあり、そのことが縁で妻と結婚した。その事件で全滅した一族の中に日記をつけていた少女がいて、事件後発見された彼女の日記を読んだことがあり、何が起きたかを加茂は知っていたのだ。

58年前にタイムトラベルした加茂が遭遇する事件はクローズドサークル物で、不可解な状況で連続殺人が起き、それらが見立て殺人的な状況になったりして本格推理小説の展開になる。ちょうど真ん中あたりで、なぜ加茂が過去にタイムトラベルすることになったのかなどの部分が説明されるのも、ある種の作者の趣向となっている。SF的には過去に戻り、事件を解決すれば、未来は変わってしまうことになるのだが、その部分もちゃんと物語に織り込んでいるあたりは、単に設定としてのSFではなく、SFとしてのストーリーも意識しての物語なのだと思う。ただ、犯人がなぜあのような不可能犯罪の状況を作ったのかは犯人自体は肯定も否定もしていないような気がするけれど、加茂の説明でよいのだろうか。