隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

生命進化の物理法則

チャールズ・コケルの生命進化の物理法則(原題 The Equations of Life. The Hidden Rules Shaping Evolution)を読んだ。

以前、生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑むを読んだが、その本と対になるような本で、なぜ進化の収斂が起きるのかという疑問に対する仮説を与えるのが本書だ。「生命の歴史は繰り返すのか?」でも述べられていた、地理的に離れた土地であり、かつ進化の系統も離れているのに、なぜか同じような外形の生物が登場して来ることがある。なぜそのような形が選ばれるのか、あるいは生き残ってきたのかは、その外形が物理学的法則と照らし合わせて、効率が良いからだというのが、本書で述べられていることを単純化した説明だ。生物という集合体のあらゆるレベルで物理法則が特定の解決策へと生命を導いており、結果は必ずしも予測可能ではないかもしれないが、その解決方法は有限だ。原子より小さな粒子から生物集団のスケールまで、どのレベルでも物理法則が作用しており、結果は多様であるものの、無限ではないというのが本書の主張だ。

モグラの形状

例えば、圧力(P)、力(F)、断面積(A)の関係は以下のようにあらわせる。
P=F/A
モグラはトンネルを作る作業を進めるために、目の前の土を十分な圧力で掘っていかなけらばならない。そのためには、単位面積当たりの力を強めなけらばならず、不十分な圧力しか加えられないのであれば、モグラは穴を掘れないか、生き埋めになってしまう。土砂をかき分けて地下に巣を作っているモグラは強力な淘汰圧を受けていることになり、その結果ある種の予測可能な特徴を生み出した。モグラの前足は短く幅が広く、掘る断面積が最小限に抑えらえるようになっていて、土に加える圧力が大きくなるような形になっている。そして、短くて力強い足の先には頑強な爪を備えていて、モグラが土を掘る能力を高めている。また、モグラは細長い形をしており、前進するための効率を高めている。この法則がもたらした進化の結果として、モグラの体はその原産地にかかわらず同じように見えるのだ。

細胞はなぜ小さいのか

もっと小さな細胞に着目すると、細胞が微小なのにも理由がある。袋状の構造は大きくなると重力の影響を受けて崩れやすく、小さいほうが重力の影響を受けにくい。かつ、内容物が沈殿しにくくなるという利点もある。また、細胞は栄養物を摂取し、老廃物を排泄しなければならない。今球状の細胞を考えたときに、その半径をrとすると、表面積は4πr^2で、体積は{4πr^3}/3となり、半径が大きくなるにつれ、表面積は二乗の割合で増えるのに、体積は三乗の割合で増えることになる。つまり細胞が大きくなるに従い体積が表面積よりも増加するので、栄養物の摂取と老廃物の排泄の効率が悪くなることがわかる。また、体積が大きくなると栄養分が細胞全体にいきわたるのにもより時間がかかる。

では、例えば栄養分が欠乏し、周りの養分をもっと取り込むために表面積を大きくするのにはどうすればよいのだろうか?細胞の取ったアプローチは円筒状の形状をとることだ。例えば半径1ミクロン長さが5ミクロンの細胞が、長さが10ミクロンになったときは体積に対する表面積の割合は2.4から2.2に下がるが、この割合は球状の場合よりもまだよい。

生命の元素

星間物質に含まれている化合物は、CO、OH、CH、CN、CH+などがある。これ以外にもあるのだが、これらの化合物は炭素を含んだ化合物が多くあるという共通点がある。

炭素

炭素はちょうどよい大きさの原子で、ほかの原子の電子と対になって結合できる状態であり、つまり分子を作れる状態にある。それらの電子は原子核に十分近い距離にあるので結合の力が強いが、一方で原子同士が簡単に引き離される距離でもあり、合成と分解が容易だということが言える。

窒素

窒素原子はほかの窒素原子と三重結合して窒素ガスを形成する。そして、地球の大気の78%は窒素ガスが占めている。また、窒素は炭素と結合して生命に有用な化合物を形成する。例えば、窒素原子が2個の炭素原子の間に位置すると、ペプチド結合の一部となり、アミノ酸をつないでタンパク質を形成する。また、窒素は炭素原子の間に配置されて環状構造も形成できるので、DNAの塩基対をはじめ、生物で利用されている主要な環状分子の多くにも含まれている。核酸に含まれている窒素は、バックボーン(鎖状の高分子)を構成する糖の連結部分として機能し、遺伝暗号全体をまとめる一助になっている。

酸素

酸素は動物にか欠かすことのできない気体である。原子周期表では窒素の隣に位置ており、酸素原子も炭素と結合して環状構造を作ったり、糖などのように、炭素を含んだ分子同士をつないで糖分子が長く連なった炭水化物を形成したりと、様々な化合物を構成している。酸素を含んだ糖は、生命に欠かせない核酸のバックボーンの一部となる。タンパク質などの複雑な分子の合成に関与するカルボン酸をはじめ、多くの有機分子にも酸素は含まれている。

リン

リンは比較的大きな元素で、最外殻の電子が結合と切断を行いやすいので、生物の体内においてエネルギーの必要な反応の多くで主要な成分の一つになっている。酸素との結合が必要に応じて解かれ、加水分解反応ですぐにエネルギーを放出する。ATPは酸素原子と交互に連なったリン原子を三個含み、地球上の生物でエネルギーを蓄える分子の一つになっている。

また、細胞膜を構成する長鎖の炭素化合物、脂質の先端にもリン原子は存在する。更に、遺伝暗号にもリンは豊富に含まれている。負の電荷をもつ酸素原子がリンからぶら下がっているために、DNAは負電荷を帯び、脂質の膜の内側に存在する負電荷と反発しあって、細胞にとどまるようになっている。また、この負電荷はDNAの加水分解を防ぎ、分子の安定性を高めている。