隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

沙漠と青のアルゴリズム

森晶麿氏の沙漠と青のアルゴリズムを読んだ。この物語は色々なストーリーが多層的に積み重なっていて、かなり読み進めないと、どれが物語的事実で、どれが物語的虚構なのかよくわからなくて、なかなか理解するのに苦労した。この状況は本書でも著者により、登場人物の語り(騙り?)で表されている。

ここは現実に幻実が歪に入り込んだ世界。

現実が物語事実で、幻実が物語的虚構なのだろうが、でもこの2つにどれだけの明確な境界があるのだろうか?

物語は2028年のノルウェーから始まる。その時代には再び世界大戦が起き、なぜか日本人は世界から抹殺されるべき民族になっていて、17歳のヒカルは、日本を離れノルウェーに潜伏していた。外出するときは欧米人に見える<フェイスマスク>をつけて、生活している。ヒカルの手許には「創世記ーK作品集ー」という画集があり、自分の出自に関係があると思えるこの本を深く調べているのだ。なぜなら、この画集に収録されているKという画家の妻はどう見てもヒカルの母親に見えるからだ。

この物語の最初に2028年の物語には本作品で繰り返し言及される色々なアイテムが散りばめられている。Kという画家は最重要人物だし、Kの友人が書いたとされる「沙漠と青」も重要だ。本書のタイトルに取り入れられているし、2015年の東京で繰り広げられる物語こそが「沙漠と青」だろう。ここでは言及されていないが、漱石とロンドン塔、サン・テグジュペリエドガー・アラン・ポーなど色んな所から色んなものを物語に持ち込んで、現実と幻実の境界が揺らいでいくそんな物語だ。中心となるのは「沙漠と青」だという事がわかれば、意外と読みやすいのかもしれないが、果たして本当に「沙漠と青」が中心と言っていいのかという感想も持っている。何とも言えない不思議な物語だった。