隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

消失の惑星

ジュリア・フィリップスの消失の惑星ほし(原題 DISAPPEARING EARTH)を読んだ。本書はロシアのカムチャッカ半島を舞台にしている小説なので、ロシア人の作家が書いた小説だと思っていたのだが、作者のフィリップスはアメリカ人だ。高校生の頃からロシアに興味を持ち、大学生の時に四カ月ロシアに留学したり、奨学金を得て本書の執筆のためのリサーチをカムチャッカ半島で2年間行ったようだ。

物語の最初は8歳と11歳の姉妹がカムチャッカ半島ペトロパヴロフスク・カムチャツキー市で何者かに誘拐されるところから始まる。それは後にゴロソフスカヤ姉妹失踪事件として知れることになる。目撃者がいたので、最初は誘拐事件として捜査されるのだが、犯人の痕跡が乏しく、やがて警察は事故で溺れたのだという結論に達し、事件の捜査自体縮小されていく。この事件が起きたのがある年の8月で、この物語はそれから一月毎13人の女性が語り手となって進んでいく。語り手となるのは、ゴロソフスカヤ姉妹失踪事件と直接・間接に何らかのつながりのある人物だ。ゴロソフスカヤ姉妹失踪事件は何ら進展を見ぬまま時間だけが過ぎ去っていくことが、それとなくわかるようになっているのだが、13人の女性は一対何を語っているのか?それは、疎外感であったり、孤立感であったり、閉塞感だ。物語はゴロソフスカヤ姉妹失踪事とは何ら関係ないようなストーリーが続いていくが、やがて物語はゴロソフスカヤ姉妹失踪事に引き寄せられるように戻ってくる。

最初は、ミステリーとかサスペンスの小説なのかと思って読みだしたのだが、作者の意図としてはそのような小説を書くことにはないだろう。作者はこの地理的に閉鎖されているカムチャッカ半島にに暮らす白人・先住民女性の言葉に表しにくいモヤモヤしたものを書くのが主眼だと思われる。この小説の中では、ゴロソフスカヤ姉妹失踪事件はただ時間が過ぎ去るように置いておかれているのだから、事件が起きているのに、何もしてくれないという絶望感もそのモヤモヤに含まれているのだろう。事件には一応け決着が着くような終わり方になっているのだが、実際にはそれは始まりでしかなく、事件が人々の記憶から風化したとしても、事件の当事者がいる限りこの事件は終わらない。そんな印象を抱いた小説だった。