隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

残された人が編む物語

桂望実氏の残された人が編む物語を読んだ。行方不明者捜索協会という民間の会社に勤める西山静香が出会った様々な理由で行方知れずになった人を探す人の物語が本書で、連作短編集になっている。収録作品は「弟と詩集」、「ヘビメタバンド」、「最高のデート」、「社長の背中」、「幼き日の母」の5編。

西山静香はこの捜索会社のサポート部門に所属しているのだが、この本を読みだした時点では、サポート部が具体的に何をするのかは読者に明確には明らかにされていない。関係者に話を聞きに行くときに同行したり、相談に乗るという事ぐらいが明かされているだけだ。彼女の仕事というのは、行方不明者の死を突然知らされた残された人が受ける心の傷を治すための物語を作る手助けをすることなのだ。タイトルの由来はこういう事なのだろう。亡くなった人の物語を知ることで心の傷にかさぶたできやすくなり、そのかさぶたが傷を早く治すというのだ。もうすでに亡くなった人の本当の姿を知ることは簡単なことではないし、推測も多分にある。また、知らなかった方がよかったと思うこともあるだろう。知りえたことを取捨選択して、残された人が前向きになることが必要なのだろう。

この物語の行方不明になっていた人たちは結局みんな亡くなっている。それはタイトルが「残された」になっているので想像がつく。物語は残された人たちが亡くなった人をどう理解するという過程を通して、亡くなった人の生き様から自分人生を見つめ直すという事に繋がっていくのだと思う。後半の三編が特にそういう物語になっていて、その三編が面白かった。「最高のデート」は失踪した夫の行方を気にしている妻が警察の身元不明者情報のページで気になる情報を目にして、調べてみると夫は失踪直後の10年前に自殺していることが分かった。失踪前の夫は非常に優しい夫であると描写されている。失踪の原因は不倫とそれに伴う左遷の様なのだが、この時点でちょっと優しい夫とギャップがある。後半に行くにつれて夫の別な面が次々と明らかになるのはミステリー的な展開に思えた。そして妻も色々気づくことや思い出すことが出てくる。「社長の背中」は音信不通になって元社長を探す物語なのだが、社長の人生が切なかった。最後の「幼き日の母」はサポート役だった西山静香の物語で、彼女の母は静香が8歳の時に失踪していた。そのせいで彼女は実家と疎遠にしていたのだがという話で、この話も心にしみる物語だった。