隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

「木」から辿る人類史: ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る

ローランド・エノスの「木」から辿る人類史: ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る (原題 The Age of Wood: Our Most Useful Material and the construction of Civilization)を読んだ。本書はわれわれヒトと木がどれほど密接に関係しいるかという事を解説している本だ。

ヒトの祖先が類人猿と同じような生活をしていた頃から周りには木があふれていた。ヒトの祖先も樹上で生活していたことを考えれば、木を利用しなかったとは考えられない。しかし、石や金属と比べると、木は脆く、劣化しやすいので、遺物として発掘される可能性が極めて低く、ヒトの進化とともにどの様な利用のされ方をしてきたのかを調べることは非常に困難である。では、全く存在しないのかといえば、そういうわけでもないらしい。

寒い地域に堆積した酸性の泥炭土の中では木などの有機物の腐敗が進まず、保存されることがあるようだ。最初に記録された木製道具は1911年、イングランドエセックス州の45万年前の堆積物の中から発見された槍である。この槍は長さが40センチのセイヨウイチイの切れ端で、元々はもっと長かったが、途中で折れて、尖った先端だけ残った。まだ乾燥しないうちに石刃で削ってとがらせたか、火で焦してこそぎ落として作ったと考えられている。

1995年にはドイツのハノーファー近郊のシェーニンゲンにある中期旧石器時代の遺跡から、多数の木製道具と20頭を超す殺された馬の死骸が見つかった。道具のうち7つは投擲用の槍で、長さは1.5から2.1メートル、太さは3から4センチで、両端がすぼまっていて、現代の槍投げ競技用の槍によく似ていた。レプリカを用いた実験から、20メートルぐらいの距離まで狙いを定めて投げられたことが分かった。馬の死骸からはこの槍が当たって死んだことが推測されている。

木炭

焚火は最初のうちは200から300℃ぐらいまでしか上がらない。揮発成分が蒸発しきって炭素だけ残るとようやく最大で600℃ぐらいまで上がる。新石器時代の人々は地面の穴で壺を焼くことで800℃ぐらいまで上げられた。

木から木炭を作るのは、揮発成分が蒸発する300℃以上に加熱しながら、残った木炭が燃え始める500℃以下に温度を抑える必要がある。人々は焚火への空気量を調節し、木炭を作ってきたが、時間がかかり、木に蓄えられている化学エネルギーの半分は無駄になる。しかし、木炭を使うことで窯を1000℃以上に加熱できるようになった。そして、より強く耐水性の高い焼き物を作れるようになった。更にメソポタミアの人々はガラスも紀元前2300年ごろから作っていた。

木炭は金属の精錬にも利用され、紀元前5000年頃には銅を、紀元前4000年中頃には青銅を使いだした。

新燃料

オランダ

15世紀には人口が多くなっていて、また高台の森林は農業のために大部分が伐採されていた。それ以外の部分は低湿地で、泥炭*1に覆われていた。オランダは最終氷期後の海面上昇により、海面と同じ高さになった標高の低い泥炭地が2カ所あった。ナールデン、ユトレヒト、ハウダ、ロッテルダム、デルフト、ライデン、ハールレム、アルクマールアムステルダムを含むホラント地方が特に重要だった。面積はおよそ650平方キロメートルあり、そこに広がる泥炭を容易に利用できることに気付いた。泥炭を掘ると海面下2~3メートルのところに粘土層が現れるので、運河や湖が容易に構築でき、泥炭を輸送するのも容易であった。16世紀から17世紀と通じて、オランダは黄金時代を築き、製塩業、ガラス工業、醸造業、染色業、窯業、レンガ製造業などを発展させた。しかし、1700年頃には低地の泥炭が掘りつくされ、また、沿岸に土砂が堆積し始め、港の出入りが徐々に困難になっていき、経済が衰退していった。

イギリス

ブリテン島には石炭紀に形成された大量の石炭*2が埋蔵されていて、南はウェールズの谷あいから北はスコットランドのセントラルベルトまで、南北を貫くように数々の炭田が連なっている。しかも、最大規模のノーサンバーランドダラムの炭田がタイン川、ウィア川、ティーズ川という3本の川岸の浅い所に広がっていて、容易に採掘できた。タイン川沿いにあるニューカッスルは1700年にはイングランドで4番目の都市になり、製塩業や石灰焼成業が発展した。採掘された石炭の大半はニューカッスルからさらにロンドンに運ばれた。1600年から1700年の間にロンドンでの年間の石炭消費量は15万トンから50万トンに増え、石炭を燃やすことによる環境の影響も現れてきた。また、テムズ川沿いに醸造業、ガラス製造業、製塩業、染色業、金属加工業などのエネルギーを大量に使う産業が発展した。

石炭採掘のためにどんどん深く掘り進めたるにつれ、出水の問題に直面し、水をポンプで排水するために蒸気機関の発展につながっていった。

*1:泥炭は木材に比べて単位重量当たりのエネルギーは半分、密度が20%で、単位体積当たりのエネルギーは10%しかない。

*2:石炭の単位体積当たりのエネルギー量は木材の5倍、泥炭の50倍になる。