隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

風よ僕らの前髪を

弥生小夜子氏の「風よ僕らの前髪を」を読んだ。蝶の墓標が面白かったので、早速第一作目も読んでみた。この作品は第30回鮎川哲也賞優秀賞受賞作だ。

若林悠希は伯母の高子からある事件の捜査の依頼を受けた。高子の夫で元弁護士の立原恭吾は朝早く犬の散歩中に立ち寄った公園で絞殺されているのが発見された。犯人につながる手掛かりもなく、事件は解決していない。高子は息子の志史に疑惑を抱いており、事件について調べて欲しいというのだ。志史は戸籍上では息子となっているが、実際には孫で、立原恭吾・高子の娘の美奈子の子だ。美奈子半ば駆け落ちするように劇団の役者であった斉木明と結婚したが、程なくして劇団は解散した。斉木は酒に溺れ、志史を虐待した。それに気づいた美奈子は実家に逃げ帰り、父親が勧める弁護士事務所の有望株と再婚した。志史が中学生になったころ、美奈子が妊娠し、どのような話し合いがあったかは不明だが、志史は祖父母の養子となり、立原家で暮らすようになった。

若林悠希は先輩の探偵事務所の手伝いのようなことをしていたという経歴があったので、伯母から頼まれたのだろう。事件を調べ始めて程なくして、斉木明の転落死が判明し、自殺とみられている。驚いたことは恭吾の爪に残っていた遺留物と斉木のセーターの繊維が一致し、斉木が殺害犯だとみなされた。それで伯母からは捜査の終了が告げられた。ここまでで30ページぐらいの所。あまりにも早い犯人の提示なので、これは明らかにデコイだろう。悠希は斉木の転落現場であるマンション建設予定地を訪れ、建設主が小暮理都であることを発見する。その小暮理都という名前には見覚えがあった。小暮理都の周辺を調べると様々な事件や事故が発生していること知るのだった。

これ以上書くとネタバレになるので、ここで留めて置く。ただ、このミステリーはちょっと切ない話ではある。色々な事件や事故がエピソードと提示されていて、どれがこの謎を解く必須のパズルのピースなのかは最後まで読み進めないと明らかにならないのは当然なのだが、それらのピースがうまいこと嵌まっていく様は見事だった。実は驚いたことに、この作品も面白かったのだが、第30回の鮎川哲也賞の最優秀賞の作品は別にあるのだ。その作品も気になっているので、近々読もうと思っている。