隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

標本作家

小川楽喜氏の標本作家を読んだ。何と表現したらいいのかわからない不思議な小説だ。色々なストーリーが詰め込まれていて、ちょっと整理しないとなかなか理解が追い付かず、これは読みにくい小説なのではないかと思った。読み終わった後も、これをどのように理解すればよいのかちょっとよくわからない。それが率直な感想だ。

人類はとうの昔に滅びてしまった遥か未来の物語で、なんと時代設定が西暦80万2700年なのだ。その時には高等知的生命体の「玲伎種れいきしゅ」は人類の中から作家を蘇生して、終古の人籃という収容施設で小説を書かせていた。蘇った人類は不老不死の身体になっていて、ずうと小説を書かされているようだ。玲伎種の住む空中都市から雪が降ってきていて、地上は寒冷化が進み、一年中真冬になっている。しかも降り積もった雪は徐々に廃墟と化していくという不思議な現象も起きている。かっては地球上に複数の終古の人籃があったが、今やイギリスと日本に残るのみとなっている。玲伎種は人類の芸術分野の創造性に見るべきものを感じて、研究のために小説を書かせてきたのだが、終古の人籃が閉鎖されている状況からすると、それも興味を失ったのだろう。

現時点で小説家たちは異才混淆という共同執筆方式を採用して、小説を生み出している。小説家達の調整するために巡稿者というある種編集者のような人物がいて、その人物が前半の語り手でもあり、本書の主人公になっている。メアリ・カヴァンがその巡行者の名前だ。彼女は異才混淆ではなく、単著を書くべきだと作家を説得しようとしていた。

この小説を一口で説明するのは難しいし、概要を説明するのも厄介だ。無数に作家が収容されているようだが、それだとあまりにも多すぎるので、「文人十傑」として10人の架空の小説家に代表させている。巻末に参考文献があるので、誰がモデルになったのかはわかるだろう。本書はあまりにも類例を見ないような設定(作家にどのように小説を書かせるか)だし、時間スケールをとってみてもあっという間にとんでもないぐらいの時間が経過しているような感じだ。ただ、本書を読み終わって最終的に感じたのは、この小説は滅びの美学なのだろうかということだった。うまく説明ができない。