武村政春氏の生物はウイルスが進化させたを読んだ。本書に書かれているのは近年発見された巨大ウイルスから得られて知見とそれらの知見から筆者らが導き出した仮説である。まず、前半部分は巨大ウイルスのことが述べられている。
巨大ウイルス
ウイルスなとどいうのは目に見えない小さなものの様に我々は思っているが、21世紀になってから従来とは比べられないぐらい大きなウイルスが発見されている。といっても、さすがに肉眼では見ることはできないが、光学顕微鏡では観察できるらしい。最初に見つかった巨大ウィスルはミミウイルス(2003年発見)と名付けれれたが、その大きさはおよそ750から800ナノメートルあるという。また、2013年にはパンドラウイルスという巨大ウイルスが発見され、その大きさはミミウイルスの2倍の大きさだ。巨大ウイルスのサイズが巨大なのはそれが含んでいるゲノムのサイズが巨大だからである。
科もしくは属 | 種 | ゲノムサイズ |
---|---|---|
パンドラウイルス属 | パンドラウイルス・サリナス | 2473870 |
パンドラウイルス属 | パンドラウイルス・イノピナトゥム | 2243109 |
真核生物 | エンケファリトゾーン | 2187590 |
パンドラウイルス属 | パンドラウイルス・デュルキス | 1908524 |
ミミウイルス科 | メガウイルス | 1259197 |
ミミウイルス科 | ミミウイルス・シラコマエ | 1182849 |
ミミウイルス科 | メガウイルス | 1181549 |
ミミウイルス科 | カフェテリア・レンベルゲンシスウイルス | 617453 |
モリウイルス属 | モリウイルス | 651213 |
ピソウイルス属 | ピソウイルス | 610033 |
バクテリア(細菌) | マイコプラズマ・ジェニタリウム | 579997 |
アーキア(古細菌) | ナノアーカエウム・エクイタンス | 490885 |
ミミウイルス科 | ファエオクスティス・グロボサウイルス | 459974 |
マルセイユウイルス科 | トーキョーウイルス | 372707 |
フィコドナウイルス科 | クロレラウィスル | 368683 |
マルセイユウイルス科 | マルセイユウイルス | 368454 |
ポックスウイルス科 | カナリポックスウイルス | 359853 |
バクテリア(細菌) | トレッブレヤ・プリンセプス | 137475 |
この一覧によると、細菌よりも大きなゲノムを持つウイルスも存在することになる。細菌は生物であるが、ウイルスは生物ではない。
なお、地球上のウイルスのうち、人に感染して病気を引き起こすウイルスはごくわずかだということだ。
感染の正体
細胞の中にはリボソームという呼ばれる構造があり、この部分は遺伝情報をもとにタンパク質を合成する機構である。一方、ウイルスにはこのリボソームがない。そのため、ウイルスだけではタンパク質を合成できないので、細胞生物のリボソームを利用して、自分に必要なタンパク質の合成をおこなっている。この現象を宿主の細胞から見た場合、感染と呼んでいるのだ。
しかし、ここで疑問が生じてくる。もともとウィスルはどのように増殖していたのだろうか? つまり、宿主となる生物ありきで、宿主のリボソームを利用してやろうという戦略だったのだろうか? その場合は、ウイルスに先行してリボソームを有する生物の存在が必須なのだが、どうなのだろう? 残念ながら本書にはその答えは記されていない。
ただ、不思議なことに一般的なウイルスには皆無である翻訳遺伝子を巨大ウイルスは一部持っているのだ。
翻訳遺伝子 | 一般的なウイルス | クロレラウイルス | ミミウイルス | 生物 |
---|---|---|---|---|
tRNA | X | O(部分的) | O(部分的) | O |
タンパク質修飾因子 | X | O | O | O |
翻訳開始因子 | X | X | O | O |
翻訳伸長因子 | X | O | X | O |
翻訳終結因子 | X | X | X | O |
アミノアシルtRNA合成酵素 | X | X | O(部分的) | O |
リボソームタンパク質 | X | X | X | O |
リモソームRNA | X | X | X | O |
遺伝子の水平移動
遺伝子というのは通常DNAが複製し、細胞が分裂することで、細胞から細胞へ受け継がれる。親細胞から子細胞へ。これを「遺伝子の垂直移動」と呼ぶことがある。これとは別の移動方法が「遺伝子の水平移動」だ。つまり、遺伝子がある種の生物から別の生物へと移動することがあるのだ。この水平移動を担っているのが、ウイルスだ。
例えば、あるウイルスが生物Aに感染し、次代のウイルスが形成されるときに宿主の遺伝子Aを偶然にも持ち出してしまう。更に、このウイルスが別な生物Bに感染したときに、遺伝子Aを新たな宿主に供給してしまう。この結果遺伝子Aが生物Aから生物Bへと水平移動したと考えられるのだ。
巨大ウイルスが翻訳遺伝子の一部を持っているのはこの水平移動の前半の部分ではないかというのが本書の主旨であり、遺伝子解析を行えばその痕跡を調べることができるらしい。ヒトゲノムの最も大きな領域の40%はかつてウイルス(ならびに振る舞いがそれとよく似たもの)が感染した名残だと考えられているらしい。
ウイルス - ウイルス粒子
ウイルス粒子という言葉がある。ウイルス粒子はカプシドというたんぱく質の殻で覆われ、その内側に遺伝子の本体であるDNA・RNAを主体とする「コア」と呼ばれる物体が収まっている。これは、電子顕微鏡写真などでとらえられたウイルスの形だ。ウイルス=ウイルス粒子という見方もあるが、本書ではウイルス粒子を生み出すものをウイルスと呼ぶことを提案している。つまり、宿主に感染したウイルス粒子、「ウイルス粒子に感染した細胞」をウイルスと定義しようというのだ。
こうすると、ウイルスの振る舞いは、生殖細胞による受精と非常に似通った振る舞いをしているように見えるというのである。違いは生殖細胞は分裂して、一個の細胞を生み出すが、一方ウイルスの場合は100以上の新たなウイルス粒子をまき散らすところだ。