隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

蜜蜂

マヤ・ルンデの蜜蜂 (原題 Bienes Historie 蜜蜂の歴史)を読んだ。この物語は三つの家族の物語で、三つの異なった時間軸を三つの異なった語り手が物語を進めていく。

第一の視点は2098年の四川省に住むタオという女性。彼女の住む世界ではすでに蜜蜂が絶滅しており、受粉の作業を人間が行っている。その時の中国は極度に階層化された社会になっており、子供は幼いころに選別され、選ばれなかったものはタオのように果樹の受粉の作業に就かざるを得ないような世界となっている。花粉媒介者である蜜蜂の大量死、海面上昇、地球温暖化原発事故。それによってかっての超大国アメリカやヨーロッパ諸国は崩壊し、人口は激減し、生産できる食物は小麦とトウモロコシだけになってしまった世界。しかし、中国共産党はその危機の乗り越え、何とか国を維持していたが、かっつての水準とは比べられないほど後退していた。突如やってきた「休息の日」にタオは夫のクワンと三歳の息子のウェイウェンと果樹園に散歩に出かけた。そこでちょっと目を離したすきに、ウェイウェンが森の中で卒倒して倒れていた。病院に運び込んだのだが、原因がわからず、ウェイウェンはいつのまにか北京の病院に連れていかれたと告げられ、家に帰るように促されてしまうのだった。タオにはウェイウェンに何が起こったのか全く分からず、途方に暮れるのみだった。

第二視点は1825年のイギリスのメアリーヴィルに住むウィリアム。ウィリアムは大学で学位を取得した後、蜂やアリなどの昆虫の研究を志し、ラーム教授を訪ねたのだが、教授は昆虫の研究よりは両生類などの観察を指示した。助手の立場で抗議するなどできるわけもなく、一人前になったら自分の興味のあるプロジェクトに時間を割こうと考えたのだが、そんな日が来ることはなかった。自分の研究がしたければ、自分の余暇を費やすしかないことに気づき、早い段階であきらめた。しかし、自分の時間を費やすようなことはできなかった。妻ティルダトの結婚、子供の養育。最初にラーム教授のもとを訪れてから18年後、教授から呼び出され、訪ねていくと、教授からはウィリアムには全く失望したということを告げられてしまった。それ以来数か月、ウィリアムは何も手が付けられず、寝込んでしまっていた。その間商売もせず寝込んでいるのだから、ついには妻のティルダからも粗略に扱われるようになってきていた。そしてクリスマスの日に息子のエドムンドが言った「情熱がなくっちゃ何もできないからね」という言葉がウィリアムを正気に戻し、たまたま机の上に出ていた「ミツバチの生活史に関する新たな観察」という本を目にし、ミツバチの研究を進めることを決意するのだった。

第三の視点は2007年のアメリオハイオ州オータムヒルに住むジョージ。ジョージは曽祖父の代から続いている養蜂家で、かってヨーロッパからある一人の女性が新大陸アメリカにわたってきて、その女性が持ってきた巣箱の図面をもとにして伝統を守りながら養蜂を続けていた。しかし、息子のトムは大学の文学部に進んでおり、奨学金をもらって、大学院に進むことを考えているらしい。ジョージは息子のトムの進路が気がかりで、養蜂の仕事を手伝わして、養蜂に興味を引こうとしている。一方妻のエマは暖かいフロリダへの移住を夢見ているようで、そのことをジョージは快く思っていない。

物語はこの三人の短い物語が交互に語られつつ進んでいく。三つ物語は蜜蜂でつながっていて、三つの物語自体もいずれどこかでつながることになるのだが、読み進めていて、ウィリアムの物語とジョージの物語のつながりはなんとなくわかったのだが、タオの物語と他の二人の物語がどのようにつながるのかがなかなかわからなかった。それはタオの物語の最後の所で明らかになる。そう、ミツバチがもうすでに絶滅しているはずのタオの世界とミツバチの研究が行われ始めたウィリアムの物語とミツバチの大量死・消失が発生し始めたジョージの世界とが結びつくのだ。ウィリアムの物語もジョージの物語も最後の最後まで語られるわけではないのだが、他の物語と繋がることで、その後何が起きたのかが分かる仕組みになっているのも、非常にいい感じになっていると思う。

それと、一時期実際にミツバチの大量死や大量消失の問題が盛んに報道されていたが、あれの原因は何だったのだろう?そして今の現状はどうなっているのだろうという新たな疑問が湧いてきた。幸いにして、まだ我々の世界はタオのような世界になっていないが、花粉を媒介するものがいなくなるとかなり多くの農作物がダメになってしまうのは確実で、我々が食べられる食物も大幅に減ることになるのは確かだ。