隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

イブリン嬢は7回殺される

スチュアート・タートンのイヴリン嬢は七回殺される(原題 The Seven Deaths of Evelyn Hardcastle)を読んだ。

気づいた時には「アナ」と叫んでいた。そこは森の中で、しとしとと雨が降っていた。自分が誰かもわからない。名前は?ここはどこだ?どこからここに来た?自分が何者かもわからず、2度、3度と「アナ」と叫ぶと、「助けて」という女の叫び声が聞こえた。女の悲鳴も森のどこからか聞こえてくるが、場所がわからない。恐怖の金切り声は銃声でぴたりとやんだ。悲鳴の聞こえた方へ用心深く進んでいくと、背後から近づいてくる足音がして、恐怖で動けなくなった。「東だ」と男がしゃがれた声で言い、重みのあるものをポケットに入れて去っていった。男の足音が十分遠ざかったことを確認して、安堵して、ポケットを探ると方位磁石が入っていた。森のどこかにアナの死体があるはずだが、怖くてもう探すこともできず、男が言った「東だ」という言葉を頼りに、東に進むと、ジョージアン様式の屋敷が姿を現した。

こんな出だしで始まるイブリン嬢は7回殺されるだが、やがて男は自分自身がブラックヒース館の招待客でドクター・セバスチャン・ベルであること知る。このブラックヒース館では19年前、7歳のトマス・ハードカースルが領地の管理人に殺された。事件の後トマスの姉のイブリン・ハードカースルはパリに送られた。イブリンはそれは罰だったというが、イブリンは19年ぶりにイギリスに戻ってきたのだ。そして、今夜屋敷では仮装舞踏会が行われることになっている。あの19年前の事件の時のように。この屋敷で何が起きているのかよくわからないうちに、夜になり、セバスチャンは部屋に戻って、血まみれの兎を発見して、気を失ってしまう。その日はの時点で終わってしまったのだが、次に目が覚めた時は、別の人間の中に意識があった。

この小説では、この屋敷で起きる殺人事件の謎を解かない限り、ここから抜け出せないようになっているのだ。誰が誰を殺すのかもわからないところから事件を追わなければならず、この男は8人の人間の中に宿りながら、同じ日を繰り返し、起きる事件の犯人を捜さなければならない。このあたりの仕掛けが、この小説をSF的にしているところで、なぜこのようなことになっているのかの説明は一応ある。しかし、その設定は単なる舞台装置だろう。複数の視点を通して何が起きているのかを少しづつ見ることで、事件の本質に迫っていくのが本書の主眼だと思う。そして、タイトルが表しているように、ネタバラシをすると、殺されるのはイブリン・ハードカースルだ。だが、この男は、最初の頃からイブリンを助けようとし、そして森で襲われていたであろうアナも助けようとするのだ。この男は色々な人物を経験しいくのだが、それぞれの人物もなかなか一筋縄ではいかない。麻薬密売人だったり、強姦魔だったり、臆病者だったり、動くだけでやっとの老人だったり。やがて、少しづつ殺人事件が明らかになるのだが、当然ながら最後のところでどんでん返しがある。この小説は構成が結構複雑なので、読むのに結構苦労した。1日づつ順番に誰かの意識の中に入るのかと思ってら、そうでもなく、一旦退場させられたと思っていた人物が、またあとから復活してくるというような場合もあるのだ。それと本人は最初の人物からの記憶を維持しているようなのだがで、後の人物になると微妙に最初に見たことと後で発生することが変わってきたりするのだ。記憶があるなら8人がもっと積極的に協力すれば、もっとうまく事件が解決できるような気もするが、それだと物語が成り立たなくなってしまうか。なぜそういう協力ができないかの明確な説明はなかった。