隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

同志少女よ敵を撃て

逢坂冬馬の同志少女よ敵を撃てを読んだ。本書は第11回アガサ・クリスティー賞受賞作で、北上ラジオの第40回で紹介されていた。

甘さが微塵もなく非常に緊密な冒険小説『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬(早川書房)の登場に驚愕すべし!【北上ラジオ#40】 - YouTube

アガサ・クリスティー賞というのが存在しているのも知らなかったし、それがもう10回以上の続いていることも知らなかった。北上氏はこの賞の選考委員でもあるようだ。アガサ・クリスティーの名を冠してるが、純粋なミステリーだけではなく、冒険小説、スパイ小説、サスペンス等も対象となっているようで、本書はどちらかというと冒険小説の範疇なのだろう。復讐の物語でもあるが。

物語の時代は第二次世界大戦中であり、ソ連大祖国戦争と呼ばれている、対ナチス・ドイツとの戦争の時代の女性狙撃兵小隊の物語だ。主人公のセラフィマはモスクワの近くにあるイワノスカヤ村に住む18歳の少女だった。春にはモスクワの大学に進学し、将来は外交官になるのが夢だった。しかし、時は1942年、ソビエトナチス・ドイツは戦争の真っただ中だった。ある日、セラフィマと母はとライフルを担いで山に分け入り、害獣たる鹿を狩って村に戻ってきたところだった。村はドイツ兵に襲われている所で、村人は村の中央に集められていた。セラフィマの母がライフルでドイツ兵に狙いをつけて、残虐な殺戮を止めようとしたが、弾を撃つことはできなかった。そして、逆にドイツの狙撃兵に撃たれて命を落とした。セラフィマもドイツ兵につかまり、殺されそうになるところを間一髪でソビエト赤軍に助けられた。しかし、赤軍は村を焼き払い、それを指示したのが、小隊の上級曹長のイリーナだった。その日、セラフィマは2人の仇ができた。一人は母親を狙撃したドイツ兵で、もう一人は母の死体を焼き、村を焼き払ったイリーナだ。そして、セラフィマはイリーナの狙撃兵養成学校に入学し、イリーナは彼女の教官になるのだった。

この物語はいかにセラフィマが復讐をなすかが軸として語られていくが、それだけではない。もう一方の軸には狙撃兵訓練学校で出会った同じような境遇の狙撃兵を目指す少女達との絆である。そして、物語の根底にあるのは戦争の矛盾であり、暴力性だろう。特に一般市民、弱者である女性や子供に対する暴力性だ。それが色濃く描かれているのが第四章と第六章だ。

そのことを考えながら、もう一度タイトルを見ると、そこにあるのは「敵」であって、「仇」ではないことに気付くだろう。撃つべきは「敵」なのだ。