隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

法治の獣

春暮康一氏の法治の獣を読んだ。本書は短編集で、「主観者」、「法治の獣」、「方舟は荒野をわたる」の3編が収録されている。どの作品も人類と異星に生息する生命体との接触(異星生命体にとっては多分ファーストコンタクトであろうが、人類から見た場合それが最初ではないだろう)を扱っている。登場する生命体はタンパク質の身体を持っていると思われるが、生命の概念自体は我々の知る物の範疇を越えているところが特徴だ。

「主観者」は深宇宙探査計画《アルゴ》が選んだラカーユ9352に5人の宇宙飛行士が送られ、第一惑星を探査していて発見した生命体に関する物語だ。その惑星は自転をしていなくて、一方の面を必ず太陽に向けている。そのような環境にもかかわらず水があり、そこにはイソギンチャクとクラゲを混ぜ合わせたような外形をした七椀の発光する生物がいた。なぜ発光するのかを調べるうちにこの生物の驚きの生態が明らかになっていく。

「法治の獣」はこの短編集のタイトルにもなっている作品だが、ちょっとわかりにくかった。惑星裁剣ソードに一角獣のような生命体シエジーが見つかった。このシエジーは社会性と学習能力は備えていたが、高度な知能は持っていなかった。ただシエジーは奇妙な習性を持っていた。シエジーは群れの中で生活し、ある程度は好きなように反応している。その反応が群れの生存に有利だった場合、周囲のシエジーに学習され、広まっていく。そのため生存に不利な反応はすたれていくことになる。「反応」が自然淘汰に支配されている。また、環境から受けるストレスが上がると、肉体的な損傷がなくても衰弱してしまい、最悪の場合は死んでしまう。このことは目に見える衰弱から不快度がわかることを意味している。シエジーは群れ全体の快度が最大になり、個体数が最多になるような生存本能があるともいえる。このシエジーの生存本能を法とみなし、それを機械翻訳したものを人間社会に適応すると言う社会実験をしているコロニーでの物語が法治の獣なのだが、どうもこの「機械翻訳する」というところが何かピンと来なくて、わかりにくかった。物語自体はスリリングに展開していく。このコロニー自体に何らかの思惑があるようだし、シエジーとは何なのかも物語の面白い所だろう。社会性があると思われていたシエジーも単なる獣であるのか、何か法を超越した生物なのかがクライマックスで明らかになる。

「方舟は荒野をわたる」にも不思議な生命体が出てくる。長さ100メートル高さ20メートル級の巨大なパンケーキ状の単細胞生物のような外観をした生物が登場する。宇宙飛行士たちはその生物を「方舟」と名づけた。実はこの方舟の中には別な生物が多数寄生しているという不思議な生物だ。幸運なことに宇宙飛行士たちはこの方舟と会話ができるようになり、方舟に起こっている不思議な症状に関しての探査に進んでいく。この生物は我々の知る生物とのアナロジーとして考えるとあまり驚きではないところがちょっと残念だった。

今回初めてこの著者の作品を読んだ。不思議な生命体が出てくるストーリーばかりだなと思ったが、どうやら著者は大学で生命工学を学んでいたようなので、自分の専門分野でSFを書いたという事なのだろう。もっとも、このような不思議な生命は地球上では見つかってはいない。