隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

半分世界

石川宗生氏の 半分世界を読んだ。本書は短編集で、4編収録されており、それぞれ、「吉田同名」、「半分世界」、「白黒ダービー小史」、「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」となっている。

本書はSFというカテゴリーに分類されているが、単純にSFと言っていいのかわからない。非常に不思議な小説群で、何とも言えない味を出している。一作目の「吉田同名」はかろうじてSFの枠組みに収まっているかもしれない。ある会社帰りのサラリーマンの吉田大輔がなぜか突如19329人になってしまった。原因は不明だ。事の奇妙さにどのように対処していいかわからない日本政府は彼らを複数のグループに分けて隔離することににした。例えば僻地の旅館に、あるいは打ち捨てられた廃病院に。その閉鎖された空間に個別の個体でありながら、同一の吉田大輔が生活するうちに辿りついた先には……。

2作目の「半分の世界」の設定の奇妙だ。ある日突然家の前面が喪失してしまった藤原家。半分の家になってしまって、外から覗かれることになっているにもかかわらず、藤原家は家を修理しようともしない。そして、藤原家前のアパートには藤原家を覗いて楽しむフジワラーの一群がたむろしだすのだ。このストーリーは最後にはメタストーリのようになり、どこまでがこのストーリーの延長なのかわからなくなってくる。

「白黒ダービー小史」は白と黒のチームに町が別れ、サッカーのようなスポーツを町の広さのレベルで300年間も繰り広げる物語を追いつつ、白チームに属するヒロインと黒チームに属する主人公がロミオとジュリエットをなぞりながらの物語を展開する。

「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」も不思議な話。ルート77とルート98が交わる十字路。そこにはバス停があるという。バス停には001から999までの番号が付いたバスがやってくるが、時刻表はどこにもない。いつバスが来る変わらないのだ。乗客はここのバス停で乗り換えができると聞き、降りて次ぎのバスを探すのだが、いつやってくるのは話誰にも分らず、そこでひたすら待つことになる。そこはただの十字路で何もない。明確なバス停自体ないのだ。当然水も食料もなく、バスを待つ人は互助会的にグループを作り、コミュニティーが出来上がる。そのコミュニティーが互いに反目しあい、武装化し、とどんどんエスカレートしていく。最後にはバス停とはなんだかわからないような状況になっていく。

どの短編も不思議な味わいのある作品だった。