隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

嘘の木

フランシス・ハーディングの嘘の木(原題 The Lie Tree)を読んだ。訳者あとがきによると、本書はイギリスで出版されて、現地の児童文学賞の候補になったり、児童文学賞を受賞したりしているということなので、児童文学の範疇に入るのだろうが、単純な児童文学とは思えないストーリーになっている。まず、物語の舞台背景が陰鬱なのだ。主人公は14歳の少女フェイス・サンダリーで、彼女の父親エラスムス博物学者でもある牧師だ。物語はサンダリー一家(父:エラスムス、母:マートル、フェイス、弟:ハワード)と母親の弟である叔父のマイルズ・カティストックがヴェイン島に渡ってくるところから始まる。一家は世間の噂から逃れるように、ヴェイン島に渡ったのだが、表向きの理由は父親エラスムスがこの島で行われている化石の発掘調査に協力することだった。

フェイスは父の手荷物の中の手紙から、一家が島に逃れなければならない噂とは父親が発見した化石(ニュー・ファルトン)が偽物で、偽造された可能性があるということだと知ることになる。しかし、父親のエラスムスを深く敬愛するフェイスは、何者かが父親を陥れ、破滅させようとしているのだ確信するのだった。噂はほどなく島にも伝わることになり、サンダリー一家の立場が悪くなり、ただでさえ新参者という不利な立場なのに、ますます孤立することになってしまった。そして、ある朝フェイスは行方意のわからない父親を探している途中に、その父親が崖の木に引っ掛かっているのを発見するのだった。自殺が疑われる状況であり、もし自殺ならばサンダリー一家にとっては大変なダメージとなる。

時代はダーウィン種の起源を出版した後なので19世紀後半ぐらいだと思われる。その当時のイギリスでは女性の権利は制限されているし、まして大人でもないフェイスを一人前に扱ってくれる人はおらず、そして女子ということでフェイスの家庭内での序列も弟より下になっているのだ。この後物語はタイトルにもなっている「嘘の木」が重要なファクターとなって進んでいく。嘘の木は父親のエラスムスが中国からこっそりと持ち帰ってきた不思議な植物で、人間のつく嘘を養分にして大きくなり、実を付けるのだ。その実を食べると、嘘に関係すると思われる真実が夢を見るようにヴィジョンとして見えるということが父親のエラスムスが残した手記からわかり、その力を借りて、何とか父親の死の謎に迫ろうとするフェイスなのだった。

宗教と自然科学の対立、自殺者の扱い、女性の地位、島という特殊な閉鎖的な環境、一家にまつわる悪いうわさ、フェイスと父親・母親との関係などいろんなものが詰め込まれて、面白かった。嘘の木の実はそれとなく真実を見せてくれるが、決定的な真実を与えてくれるわけではないし、嘘の木の存在を明かせないので、現実の世界でも証拠集めをして、父親の名誉を回復しなければならないので、ミステリーとしての要素もあるストーリーとなっている。それと、イギリスでは誰かが死ぬと喪に服すために、時計を止めたり、鏡に覆いをかけるというような風習が当時はあったのだということが書かれていて、興味深い。なぜ、そのような風習があったのだろうか。また、葬儀には「泣き屋」を手配する風習もあったようだ。