隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

童の神

今村翔吾氏の童の神を読んだ。著者は童を以下のように説明している。

童とは大陸から入ってきた言葉で、「雑役者」や「僕」を意味する。家で身の回りの世話をする奴をそう呼称すると同時に、本来は朝廷に屈するべきと意味合いを込めて、化外の民をそのように呼ぶこともある。

この小説は朝廷にまつろわぬ化外の民と朝廷の戦いの物語だ。物語の開始は安和二(969)年に起きた安奈の変から始まる。この物語の特徴は実際の史実や実在の人物と架空の事件や人物を綯交ぜにすることで、表の正史では語られなかったであろう化外の民である童の戦いを炙り出そうとしているところだ。実際の歴史では、安和の変により、源高明が失脚して、藤原氏の独占的地位が確立したことになっているが、この物語では源高明が童の民を臣下に迎え、天下和同を目指そうとしていたのだが、源満仲の裏切りにより、失敗し、失脚してしまう。天下和同を信じて集まった土蜘蛛や滝夜叉の一族にも被害が及び、ここから源満仲と童の民との因縁が始まることになる。

そして、安和の変から六年後の天延三(975)年に日食が起こり、安倍晴明は劫初以来の凶事とし、先の安和の変で罪に問われた者たちへ大赦が行われるように導いた。しかし、その凶事の日に生まれた男の子がいた。それがこの物語の主人公である桜暁丸ある。桜暁丸は母親が外国人であるため、その容貌が異なっていたために越後の豪族の嫡男であったが村人からは疎まれて育った。その桜暁丸が数奇な運命を経て、童の一族と巡り合い、源満仲一党との戦いに巻き込まれていくことになる。

以下で若干内容に触れるので。
この小説はテンポよく進んでいって面白かった。登場人物も結構多いのだが、童側の主要な人物が要所要所で倒れていくところが、この戦いの苛烈さと童側の絶対振りを感じさせている。と言っても、物語自体には悲壮さは感じられない。あくまでも軽やかに物語を語っている。さてこの物語の最後はどうなるのか?と思いながら読み進めていった。この物語では明確に最後がどうなったかは述べていないが、結末は残念ながらあまりにも明確なのだろうから、あえて書かなくて、このような終わり方の方が余韻があってよいだろう。