隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

刀と傘

伊吹亜門氏の刀と傘を読んだ。これは連作短編のミステリーで、幕末から明治の最初の頃が舞台になっている。そして、一方の主人公が実在の人物である江藤新平で、もう一人の主人公が架空に人物と思われる尾張藩公用人の狩野師光である。この二人が探偵役なのだが、単純に探偵と言っていいのか難しいところだ。本書には5編収録されており、それぞれのタイトルは「佐賀から来た男」、「弾正台切腹事件」、「監獄舎の殺人」、「桜」、「そして、佐賀の乱」となっている。

短編ミステリーとしてはよくできているというのが読後の印象で、時代物という体裁をとっているのも、登場人物の武士としての心理状況が事件の根底にあるというところとうまくリンクしていると感じた。江藤新平と狩野師光は司法省内で上司部下の関係になるのだが、それが「監獄舎の殺人」で江藤新平の強引な行動により、狩野師光は袂を分かつことになり、更に「桜」での強引な捜査の裏に見える江藤新平の正義ではない面が決定的な亀裂を生み出してしまう。しかし、征韓論に端を発した江藤新平の下野、佐賀への帰郷のさいに再度京都で再開することになる二人の微妙な関係と狩野師光の行動が何とも言え切ない終わりになっている。