隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

ジェームズ・C・スコットの反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー (原題 Against the Grain A Deep History of the Earliest States)を読んだ。

本書では、人類がどのように国家を作り上げてきたのかということを考察している。人類が、狩猟採取→農耕→国家の成立という一本道をたどってきたわけではなく、狩猟採取と農耕を行ったり来たりしながら変遷してきたことを指摘し、また農耕による定住も後戻りできないマイルストーンではなく、定住の放棄により、狩猟採取への回帰というものが多数起きてきたであろうことを述べている。

狩猟や採取には大きな移動性と分散性が必要だから定住など問題外だという推定が今も広く支持されているが、定住は、穀物や動物の作物化・家畜化よりはるかに古く、穀物栽培がほとんど行われていない環境で継続することも多かった。また、作物化・家畜化された穀物や動物が、農業国家の成立するはるか昔から存在していたことも分かってきている。作物化・家畜化と農耕経済の成立の年代差は4000年だという最近の研究もある。

不思議なのは狩猟採取から定住農耕に移行することで、食べる食物の種類は減ったであろうし、少数の種類の穀物に依存することにより健康状態も悪化したことが予想される。また、家畜と接触する機会が増えることから、動物からの感染症・ウィルス・寄生生物などの影響もあり、どう考えても定住農耕の方が不健康なのだと思えてくる。それにもかかわらず、我々人類は定住農耕に結局移行してしまっいて、その選択がよかったのかどうか疑問に思える。特に、農耕社会から脱却した現代社会を考えたときにはその思いが強くなる。

作物や家畜が実は人間を家畜化したのではないかという話が最近されることがあり、本書でもそのことに触れているが、実は定住・農耕をする過程で人間が家畜化したのは人間自身ではないかということが本書を読んでいて感じられた。要するに奴隷だ。どうやら奴隷なくして農業とは成立していなかったようで、それほど労働力を必要とするのに、狩猟採取から定住農耕に移行して、種としてのヒトにとって良かったのだろうかという疑問がここでも湧いてきた。

火の利用

ホミニドによる火の利用は40万年前までさかのぼるという。火は調理とか暖房とかだけではなく、まさに古来から焼き畑農業的に用いられていたようで、火によって焼き払うことにより、植物の新芽やキノコが生えだしたりすることを利用していた。また、火に焼きだされた小動物を捕獲することも行っていた。興味深いのは、1500年から1850年頃の小氷期は、北アメリカの専従焼き畑農民が、ヨーロッパ人がもたらした疫病のせいで死に絶えたことで、温室効果ガスのCO2が減ったためと考える気象学者が少なからずいるということだ。

多産と定住と人口

狩猟採集と比べると全般的に不健康で、幼児とその母親の死亡率が高かったにもかかわらず、定住農民は繁殖率が高く、死亡率の高さを補っていた。定住しない人々は意図的に繁殖力を制限している。というのも、定期的に野営地を動かす際のロジスティクスを考えると、子供を同時に二人抱えて運ぶのは、かなりの負担になる。その結果、狩猟民が子供を作るのはおよそ4年周期になる(離乳を遅らせる、堕胎薬を使う、育児放棄する、あるいは子殺しをする)。また、激しい運動とタンパク質豊富な赤身肉の食餌は思春期を遅らせ、排卵不定期にし、閉経を早めることになる。これも出生率の低下につながった。

対照的に定住農民では、短い間隔で子供を作ることの負担が大幅に減少し、子供は労働力としての側面があるので、多産となる。定住により、初潮が早まり、穀物食により離乳して軟食になるのが早まる。排卵が促進され、女性の生殖寿命が延びる。そして、結果的に多産となり、繁殖率が高まった。