隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー

ジョゼフ・ギース、フランシス・ギースの大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー (原題 Cathedral, Forge, and Waterwheel Technology and Invention in the Middle Ages)を読んだ。読む前は、中世時代にヨーロッパで発明されたものに関する本だと思っていたのだが、実際には発明されたものというよりも、中世時代を通じてどのように色々な技術が発達・発展したかという事に関する本だった。

ルネッサンスの三大発明品は活版印刷機、火薬、羅針盤だと言われているが、このうち羅針盤は中国発だったという事を後年知った。しかし、実は活版印刷機や火薬も実は元の技術は中国発で、それがヨーロッパにもたらされて発展してできた発明品だった。実はこれだけではなく、様々なものが中国からもたらされていたことが本書を読むとわかる。

  • 鋳鉄 中国の鉄はリンを含み融点が低く、水力ふいごを用いることで発展した。鉄を溶かして型に入れる技術が広まり、道具や武器の製造に広く使われた。
  • 磁気羅針盤のもっとも古い記述は西暦83年の漢の時代にある。占い版に投じると南を指す匙が記録されている。
  • 火薬は9世紀ころに登場した。道教錬金術の書に硝酸ナトリウム、硫黄、炭素系物質の混交物の術がある。これは950年頃に火箭や火砲に進化した。
  • 紙は西暦紀元の少し前に作られ、三世紀までは広く使われるようになり、国外へも伝わった。
  • 陶磁器の生産もヨーロッパではなかなかできなかった。中国では炻器の素地に長石を混ぜる原始的な磁器を作る技術を7世紀に開発した。更に13世紀に長石を含む陶石と高陵土(きめの細かい白色粘土)を混ぜ1450度の高温で焼く技術に発展させた。ヨーロッパでは粘土と細かく砕いたガラスを低温で焼いた軟磁器を16世紀に完成させたが、本物の硬磁器が生まれるのは18世紀になってからである。

羅針儀

羅針儀はシルクロードを通じて陸路ヨーロッパに伝わったようで、最初は天文学占星術、土地調査用の機器として伝わった。初期のヨーロッパの羅針儀は中国のものに忠実に従っており、水を満たした鉢に藁、葦や木片を浮かべ、それらの先に磁針を取り付けていた。ヨーロッパで初めて航海羅針儀に言及したのは12世紀の英国の学者アレクサンダー・ネッカムで、パリで1190年頃書かれた。しかし、この当時は船上での使用は一般的ではなかった。

その後航海用の羅針儀は地中海で発達したようだが、本書からは詳細は読み取れなかった。この頃の羅針儀は水盤を用いるもではなくなっていた。地中海の船乗りは、羅針儀と海図、砂時計を組み合わせて航海に用いることで、航行技術を高めた。

活版印刷

14世紀後半ころには木版術があり、これはおそらく中国から伝わったものだ。当時木版は宗教画、パンフレット、トランプの札、ポスター、カレンダー、ラテン語の諸旧文法書に使われた。木版刷から銅板刷が生まれるが、大量印刷には銅板の方が向いていたからだ。

15世紀ころ中国・朝鮮では木製の活字が青銅のものに置き換わるが、間もなくヨーロッパでも同様のことが起きた。ページ毎に粘土の型に一字一字打ち抜いて浮き彫りにし、鉛で成型する方法が開発された。1462年グーテンベルグは一字ごとに鋳物の活字を作ることを考えついた。また、印刷には新しい性質(滲みがなく、裏側に透けず、伸びが均一)のインクが必要だった。グーテンベルグは油煙、テレビン油、亜麻仁油クルミ油を混ぜて新しいインクを作った。それに加え、印刷機にも一工夫加えた。スライドする平台とその上部の圧盤をうまく組み合わせて、ねじの力で動くプレス機をを作り、素早くくっきりと印刷できた。

ギリシャの古典がアラビア語に翻訳されてイスラム世界に影響を与えた。一方ギリシャの古典はヨーロッパでは失われてしまったが、やがてアラビア語からラテン語に翻訳され、ヨーロッパに逆輸入され、その知識がやがてルネッサンスに繋がっていったという事は聞いていたが、では、どのような経緯でイスラム世界からヨーロッパに逆輸入されたかというと、その経緯はよく知らなかった。そのきっかけは十字軍だった。十字軍の遠征は全く不毛なものだったように思っていたが、科学・技術の面からみるとギリシャの古典がヨーロッパに逆輸入されるという、極めて重要な意味を持っていた。