隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

黄金虫変奏曲

リチャード・パワーズの黄金虫変奏曲 (原題 The Gold Bug Variations)を読んだ。何かでこの本事が紹介されていて、

  1. 原題 のタイトルはエドガー・アラン・ポーのGold-Bug(黄金虫)とバッハのゴールドベルグ変奏曲をかけ合わせた物である。
  2. DNAの4つの塩基が何を意味しているかの謎に肉薄した男の物語である。

という事だったと記憶している。バッハのゴールドベルグ変奏曲はグレン・グルードのピアノ演奏で何度も聞いたことがあり、非常に特徴的なメロディだという印象を持っている。また、ポーの黄金虫は中学生の頃に読んだ記憶があり、詳細は憶えていないが、暗号を解いて宝を見つける小説だったはずだ。それが頭にあったので、2番目のDNAの塩基の謎と暗号とが結びついたミステリー的な小説なのかと勝手に想像して読み始めた。だが、この小説はそういうようなミステリ的な小説ではなかった。これはどちらかというと、恋愛小説だろう。

1982年の不思議な遭遇から物語は始まるのだが、この場面は本当にと不思議だ。ジャン・オデイという名前の図書館司書が「歴史上の今日」という掲示をピンでとめていた時に、誰かの手が鎖骨をチョップしたというのだ。だが、これは可能だろうか?壁をむいてピンでとめている筈なのに、どのようにチョップできるのだろう?しかも、オデイはその後振りむいているのだ。後ろから鎖骨にチョップして振り向かせるなど、どのような魔法を使ったのだろう?その後、フランクリン・トッドという男からスュアート・レスラーという男について調べて欲しいというレファレンスの依頼を受ける。実はこのスュアートこそオデイにチョップをしたあの男であり、トッドの同僚なのだった。何とかしてオデイはスチュアートが何者か調べだし、フランクリンに告げるのだが、この後特にスチュアートの過去を彼らが積極的に調べるわけではない。

物語自体はこの後この3人を中心に進んでいくが、ところどころで1957年ごろのスュアートのエピソードが挟み込まれ、彼の分子生物学者としての恋愛と挫折が描かれていく。一方1982年の時間軸ではオデイとトッドの恋愛が描かれていく。実は物語自体は1984年頃から始まっており、オデイにとってはスチュアートとフランクリンのことは過去の出来事で、1984年においては彼らの関係性も変わっている。物語のメインはこの2つ恋愛物語が上下ニ段組みで850ページにわたって語られている。私は物語のどこかでDNAの4つの塩基の暗号について掘り下げて書かれるのかと期待していたのだが、明確な記述は発見できなかった。塩基3つを組み合わせてアミノ酸が合成されることは1957年には既に発見されていたようで、そのことは書かれているが、ではどの塩基の組み合わせがどのアミノ酸になるのかについてはまだ不明のままだったようだ。

思えば、我々は既にどの塩基の組み合わせがどのアミノ酸に対応するかを知っているが、これを最初に発見したときはどのような経緯を辿ったのだろう。これに関しては分子生物学の歴史を紐解くのが早いことは確かだ。mRNAがDNAの塩基配列を読みだしてアミノ酸を合成する過程も、よく考えてみればちゃんと理解しているわけではないことに改めに気づいた。