隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

虎と十字架 南部藩虎騒動

平谷美樹氏の虎と十字架 南部藩虎騒動を読んだ。まさにタイトルの通り「虎」と「十字架」の物語だった。

慶長十二(1607)年南部利直は駿府の家康に拝謁し二匹の虎を下賜された。そのうちの一頭が寛永二(1625)年冬に死んだ。この時この小説にあるように虎が籠から逃走したという話もあるようだが、詳細は不明。また、南部利直の次男政直が寛永元年(1624年)に急死しており(毒殺)、この二つの史実に、隠れキリシタンを絡めて作り上げたのが本書である。

物語のスタートは裕福な家の内儀と侍女が山中で何者かに襲われるところから始まり、そして虎が虎籠から抜け出した騒ぎへとすぐに切り替わる。実はこの時虎籠には最初の所に登場した内儀と侍女がなぜか餌として与えられていたことが判明するのだが、虎騒動の間にその遺体が忽然と消えていた。こうして、なぜ虎は籠から抜け出したのか、消えた遺体の二人は何者で、どこに持ち去られたのかなどの謎を投げかけてくる。南部家中に何かただならないことが起きているのは確かで、この探索にあたるのが徒目付の米内平四郎だ。この3つの謎に政直の毒殺も絡んできて、一体誰の仕業なのかというのを米内平四郎は懸命に捜査するのだが、なかなか黒幕にはたどり着かない。

これは一見するとお家騒動かと思わせるのだが、まだ江戸時代の初めの頃で、幕府は御家取り潰しを連発していた頃なので、下手するとみんな路頭に迷うことになる。果たしてそんなことをするか。ならばキリシタンかとなるのだが、そういう単純な話ではない。そこのところが、この小説のうまく作られている筋書きだと感じた。最後の最後まで黒幕は出てこない。もちろんこれは小説なので、事実ではないが、そのようなこともあり得るかもと感じるところもあった。