隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

時間旅行者のキャンディボックス

ケイト・マスカレナスの時間旅行者のキャンディボックス (原題 THE PSYCHOLOGY OF TIME TRAVEL) を読んだ。1967年12月、イギリスの4人の科学者がタイムマシンを完成させた。その科学者とは、宇宙物理学者のマーガレット・ノートン、電波の研究者のルシール・ウォーターズ、物理学者のグレース・テイラー、核分裂の研究者のバーバラ・ヘレフォード。完成したのは年末のクリスマスのころだった。その日に彼女らは何度もタイムトラベルを繰り返し、15回目に達したときに、疲労を感じそこで終了した。しかし、バーバラだけはタイムトラベルを止めることができなかった。彼女だけ、他の3人が寝た後もタイムトラベルを繰り返した。そのせいで、27日のBBCとのインタビューの席で、バーバラは奇行を晒してしまった。彼女は躁うつ病の疑いがあり、入院することになったのだ。それを境に彼女はタイムマシンの開発からは排除され2度とタイムトラベルはできなくなった。

ここから物語は3つの時間軸で進んでいく。一つは1967年から続く物語で、マーガレットはタイムトラベルを独占的に管理運営する特殊法人「タイムトラベル推進協議会コンフレーヴ」を設立し、会長に就任して50年以上その地位にとどまっている。ルシールとグレースもコンフレーヴに参加しているが、バーバラだけは躁うつ病寛解してもコンフレーヴには参加していない。マーガレットはバーバラの奇行により恥をかかされたと激怒していて、一切の接触を断っていたし、ルシールとグレースにも彼女に関わらないように言っていた。

も一つの時間軸は2017年7月で孫のルビーがバーバラの家を訪れていた時にグレースがこっそり一通の死因審問の実施通知書を玄関に置いていった。それは80代の老女のもので、氏名は非開示になっていた。だが奇妙なことは死亡日が2018年1月6日になっていた。

最後の時間軸は2018年の1月でオデット・ソフォラという女子大生がボランティアスタッフとしておもちゃ博物館で働いていた。1月6日彼女が正面玄関のかぎを開けて建物に入ると、強烈な悪臭が漂っていた。その悪臭のもとを探していると、地下のボイラー室のドアの下から赤褐色の液体が流れだしてきていた。ボイラー室のドアノブは回るが、扉は開かず、全体重をかけてドアを押すと、急にドアが開いた。ボイラー室には拳銃が床に落ちていて、壁にもたれかかった銃で撃たれた老女の死体があった。

オデットの発見した老女はルビーが発見した死因審問の実施通知書の老女なのだが、これはいったい誰なのか?なぜ死んだのか?どのようにして密室で死んだのか?ということが疑問になってくる。老女は複数の銃弾を受けており、自殺したとは考えられない。ルビーは通知書の人物が誰かを探り、オデットはボイラー室で死んだのが誰かを探っていく。そのうちに二人はコンクレーヴという組織がいかに異常かを知っていくことになる。ただ、この小説はミステリーではない。というのも少しづつその謎が作者によって開かされていくからだ。しかし、謎が一つ明らかになったからと言って、何があってどのようにこの老女が死んだかは最後まで読まないとわからない仕掛けにはなっている。

この世界では起こったことは変えられないというルールがある。それを破ったものは犯罪者となり、コンクレーヴによって裁かれる。また、同じ時間に複数の時間軸から移動してきたタイムトラベーラが存在することも許容されている。未来の自分に会う事も、過去の自分に会うことも可能だ。このうち前者のルールは強力だ。つまり誰も老女の死をなかったことにしたり、助けることはできないのだ。そうなると誰がどのように仕掛けたかという事になるのだが、これ以上はネタバレになりそうなので書かない。日本語のタイトルのキャンディボックスとはコンクレーヴが発売したおもちゃで、タイムトラベル技術を利用している。箱に空いている穴にキャンディなどを入れると、それを60秒ほど未来に送り、箱から飛び出してくるようになっている。タイムマシンは燃料に放射性物質を使っているのだが、このキャンデぃボックスのエネルギーには何が使われているのかちょっと不思議だ。