モアメド・ムブガル・サールの人類の深奥に秘められた記憶 (原題 La plus secréte mémorire des hommes) を読んだ。何とも不思議な小説だった。かってT・C・エリマンという名前のセネガル出身の作家がいた。1938年「人でなしの迷宮」という本をパリで出版した。出版直後は若きアフリカ黒人による傑作と評されたが、やがて作品は公然と批判・侮辱され、本は回収され、作家本人の消息は不明となった。エリマンの本は回収されて処分されたので、入手不可能となっている。その入手不可能の本をある偶然により手にしたのが本書の主人公であるジェガーヌ・ラチール・ファイだ。彼もセネガル出身で本を出して作家の仲間入りをしたが、売れたのが3カ月で79冊という惨憺たる状況だった。彼はたまたまパリのバーでセネガル出身の女性作家マレーム・シガ・Dを見かけた。観察していると服の隙間から時々乳房が見え、もう一度拝見出来ないかと申し出たのだ。はっきり言って跳んだ編態野郎だ。ところが、これがきっかけとなりジェガーヌがシガ・Dが持っていた人でなしの迷宮を借り受けられ、ついに読めたのだった。
ジェガーヌは当然人でなしの迷宮に魅せられ、エリマンをめぐる探索に出るのだが、それは長い道のりになる。エリマンとは何者なのか、なぜ本は回収されたのか、その後エリマンは何をしていたかなどなど。物語は多岐にわたる語り、雑誌・日記からの引用、から構成されている。長い物語だがそれなりに面白く読んだ。ただ、ジェガーヌが人でなしの迷宮を手に入れるところの経緯がどうも不自然に感じてしまった。大体いきなり乳房を見たいということ自体おかしいし、更にシガ・Dは60歳を越えているようで、自分の母親より年上だ。そのせいか、この場面のより変態野郎感が強まってしまった。ジェガーヌがこの後も変態野郎感を随所に出してくるならまだしも、この所だけなのだ。だから、どうしてもこの部分の不自然さが気になってしまった。それを除けばエリマンという男をめぐる長い物語はそこそこ面白かった。