隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

カッコーの歌

フランシス・ハーディングのカッコーの歌(原題 Cuckoo Song)を読んだ。嘘の木 - 隠居日録が面白かったので、こちらの作品も読んでみたのだが、巻末の解説によると、カッコーの歌の方が本国では先に出版されていたということだ。

主人公は十一歳の少女トリス(本名 テレサ)。何か非常に混乱した状況から物語始まる。最初は自分が誰で、周りにいる人たちも誰だかはっきりわからないぐらい混乱していた。どうやら両親と妹と別荘に来ていて、近くの池に落ちたところを助けられたようなのだ。だが、妹のペン (本名 ペネロペ)はトリスの事を偽物だと非難する。妹は癇癪持ちの様で、質問してもまともに答えてくれそうにない。それからいろいろ奇妙なことがトリスの周りでおこる。いくら食べても空腹が収まらない。日記のページが破り取られていたり。ベットには毎晩小枝や枯葉が落ちていたり。父と母は何かを隠しているようだが、それがなんだかわからない。どうやらその両親の秘密は第一次世界大戦に行ったきり戻ってこない兄のセバスチャンに関係しているようなのだが…。

この小説のアメリカ版の表紙はちょっとドキッとするような感じになっていて、ホラー小説ではないかという印象を与える。

https://www.amazon.com/Cuckoo-Song-Frances-Hardinge/dp/1419719394/:www.amazon.com

それと比べると日本版の表紙は穏当で、本作は純粋なファンタジー小説になっている。全体のページ数が430ページぐらいあり、前半の4分の1が過ぎるまでは、トリスの周りで起きる不思議なことが主で、どうなるのだろうという感じはするのだが、物語が動き出している印象が少ないので、もう少しテンポよく進むか、物語の構造を早く知りたいと思いながら読ん。だた、その部分を過ぎると、なぜ妹のペンがトリスが偽物だと言ったのかが判り、物語にもスピード感が出てきて、さらに今までの物語の色々なピースがまとまり始め、そこからは物語に引き込まれていく。物語は「後七日」、「後六日」と何か期限が切られていて、時間との勝負ということが示唆されていて、トリスはその期限までに問題を解決しなければならないのだ。

この小説は単にファンタジーというだけでなく、「嘘の木」のように家族の物語でもある。ただこの本のタイトルに郭公が含まれているのは托卵の暗喩だとすると、トリスは家族の中の異物を意味しているのだろうが、それも含めてやはり家族の物語なのだろう。

数字を一つ思い浮かべろ

ジョン ヴァードンの数字を一つ思い浮かべろ (原題 Think of a number)を読んだ。退職した刑事デイブ・バーニーのもとに大学時代の同級生であるマーク・メレリーから不可解な謎が持ち込まれた。「1000までの数字を一つ思い浮かべろ」という手紙をメレリーは受け取った。適当に数字658を思い浮かべて、同封されていたもう一つの封筒を開けると、そこには「お前が選ぶ数字はわかっていた。658だ」と書かれていた。

このような、「おや」と思わせる謎から始まるこの小説なのだが、550ページぐらいあって長いのだ。そのため前半の部分がちょっともたついたような感じがした。第一部にはもう一つ数字当ての謎が提示されていたり、詩の様ような文面の殺害をにおわすような脅迫状を送る男がなぜメレリーに目を付けたのだろうというストーリー上の起伏はあるのだが、あまりテンポの良さは感じなかった。探偵役と思われるデイブ・バーニーは元刑事で、メレリーからの相談には、「警察に届けろ」と繰り返すのみなのだ。ところが第一部の終わりでメレリーが殺害され、第二部に入ると一転この小説は警察小説の比重が増してきて、ここからはテンポがよくなった。不可解な殺害方法、つじつまの合わない犯人の痕跡、遺留物。そして、犯人の異常なこだわりが随所に表れてきてどんどん引き込まれていった。

数字当てのトリックの答えは予想がついたのだが、ではなぜ犯人がそんなことをしたのかがわからず、これは小説を読み進めるしかないところであった。この犯人像もいかにもアメリカの警察小説という感じがする。本書を読み始める前は純粋なミステリー的な小説だと思っていたが、だがこれは紛れもなく警察小説で、そうとらえ直すとなかなか面白い小説だと思う。

ただ一点日本語訳で505ページの終わりから506ページの初めに「ファイアウォールシテテムの剰余(リダンダンシー)」と書かれているのだが、剰余にリダンダンシーとルビが振られていなければ全く意味不明の所だ。これは「冗長性」と訳すべきであろう。