隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

九つの物語

サリンジャーの九つの物語 (原題 Nine Stories)を読んだ。

TVアニメ 攻殻機動隊SACのcomplexエピソードは通称「笑い男事件」を扱っている。そして、第9話、第20話で事件とサリンジャーの小説の関連性が指摘されている。特に第20話の中では、草薙素子に「確かに彼は笑い男という短編も残しているし」と言わせているのだが、最初にこのエピソードを見た時も、2回目に見た時も、3回目に見た時も、全く記憶に残っていなかった*1。そして、ある時サリンジャーの短編に「笑い男」というのがあるのを再発見し、そのうちに読んでみようと思っていた。

九つの物語というタイトルがついているぐらいだから、9編の短編が収められていて、それぞれのタイトルは「バナナフィッシュに最適の日」、「コネチカットのよろめき叔父さん」、「対エスキモー戦まぢか」、「笑い男」、「小舟の所で」、「エズメのために―愛と惨めさをこめて」、「愛らしい口も目は緑」、「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」、「テディー」。

もう古典的な作品なのでネタバレを気にせずに書くが、これらのストーリーは「バナナフィッシュ」の最後でシーモーアが自殺すること、「テディー」の最後で誰かが悲劇的な状況の陥っている以外は特になんという変哲もないようなことがストーリーなっていて、一体サリンジャーは何を書きかかったのか全く分からなかった。そういう意味では難解だ。だが、英語版wikipediaにある解析(Analysis)などを読んで、なるほどというような隠喩や参照による関連付けがあることが分かった。まさに、大学教授のように小説を読む方法 - 隠居日録で語られていたような読み方だ。「バナナフィッシュ」の少女の名前がなぜシビルなのかなど思いもよらなかった。

ただすべてが分かったわけではない。「愛らしい口も目は緑」で男の傍にいた女はアーサーの妻のジョニーかと思ったら、アーサーはジョニーは帰ってきたと電話を掛け直してきて、「はて、これはどういうことだ?アーサーがおかしくなったのか?女はジョニーではないのか?」と思ったりもした。

サリンジャーの「笑い男」は名前だけが攻殻機動隊SACに使われただけで、ストーリーの関連性など特にない。SACの11話における野球と団長という言葉ぐらいが関連している部分であろう。The Laughing Manには解説がないので、この物語もよくわからずじまいだ。ただ、笑い男の話の中で語られる笑い男の元のストリーはヴィクトル・ユーゴーの「笑う男 (L'homme qui rit)」だという事は初めて知った。

*1: 笑い男の短編を読もうという行動に繋がらなかった

名探偵と海の悪魔

スチュアート・タートンの名探偵と海の悪魔を読んだ。タートンは非常にトリッキーな「イブリン嬢は7回殺される」でデビューした作家で、本作は第2作目だ。「イブリン嬢は7回殺される」と比べると「名探偵と海の悪魔」はオーソドックスなつくりになっていて、舞台はほぼ船の上というある種のクローズドサーキットものになっている。

時代設定は17世紀の頃、オランダの東インド会社の総督がバタヴィアからアムステルダムに戻ることになり、船で出港したのだが、出港の前に港で不吉な言葉を病者から投げつけられた。「ザーンダム号の貨物は罪であり、乗船するものすべてに無慈悲な破滅がもたらされるであろう。この船が、アムステルダムに到着することはない」。病者はその言葉を発した後、炎に包まれ焼け死んでしまった。また、後で分かったことだが、この病者は舌を切り取られており、言葉を発することはできなかったはずなのだが、どうやって言葉を発したのだろうか?やがてトム翁という名前でオランダでは知られていた悪魔がこの船を狙っていることも判明する。そして、トム翁に何らかの関わりのあるものが多数この船に乗船していることも明らかになった。

この小説は2段組430ページほどあり、結構長い。そのためなかなか物語が進まないのだ。最初はトム翁の謎、トム翁からの何らかの呪いの予兆のようなものの調査が主たるテーマになっている。しかし、有名な探偵であるサミー・ピップスは何かの罪でとらえられており、オランダに護送されることになっていて、探偵なのに調査も捜査もできない。ピップスの助手兼護衛のアレント・ヘイズが捜査を行い、ピップスがアーム・チェアー・ディテクチブ的に何か助言して、事件を解決するのかと思ったが、そういう展開にもならない。船には何か秘密の積み荷があるようなのだが、それも1種類だけでなく、2種類あるらしく、それらが何なのかなかなかわからない。とにかく、展開が非常にゆっくりしているので、辛抱強く読まないといけない小説だった。なんせ、半分まで行っても誰も殺されていないぐらい展開がスローだ。あまり内容に触れるとネタバレになるので書かないが、ストリーに散りばめられた謎は最後では解決されるので、構造としては普通のミステリーで、前作のようにSF的な展開はない。