平野啓一郎氏のある男を読んだ。
本書は以前から読もうと思っていたのだが、北上ラジオの第2回目で取り上げられていた。
本の雑誌presents 北上ラジオ 第2回 - YouTube
恭一は、眉間に皺を寄せて、「ハ?」という顔をした。そして、もう一度写真に目を遣って、不審らしく里枝の顔を見上げた。
「これは大祐じゃないですよ。」
「……え?」
二歳の次男を脳腫瘍で亡くし、その治療に関して夫と仲違いしたことで離婚した里枝は長男を連れて実家のある宮崎に帰り、家業である文房具屋を手伝いだした。その文房具屋に訪ねてくるようになった大祐と再婚し、娘も生まれて、幸せな家庭を築き桁と思った頃、大祐は事故で命を落とした。大祐は生前実家の兄や母とは仲違いしており、連絡はしたくないと言っていたが、かといって死んだことを告げないのもどうかと思い連絡すると、兄の恭一が宮崎に訪ねてきた。その時の場面が上で引用しているところだ。里枝は大祐だと思っていた男が実は全くの別人だと知った瞬間である。では、夫は一体誰だったのか?
この設定は非常にミステリアスだ。だが、本書はミステリーではない。ストーリーでは里枝は離婚の手続きの時に頼った弁護士の城戸章良に相談することなる。そして、城戸もこの事件に興味を持ち謎の男の素性を調べることになる。城戸自身は帰化した在日三世の弁護士という設定になっているのだが、長男の教育やら子育てに関して妻と言い争うことが多くなり、望んではいないが離婚のことが頭をかすめるようになる。
繰り返しになるが、本書はミステリーではないので、ある男が何者で、なぜこのようなことが起きたのかは、地道な捜査や推理によって導かれるものではない。そのようなことを期待して読むと肩透かしを食らってしまう。ある男が何者で、なぜこんなことをしたのかの背景が本書の肝なのだが、それは本書を読んでもらうしかない。だが、そこには抗せざるを得ない歪んだ現実があるだろうことは想像できるし、だからこそある男が最後にたどり着いたところは本当に幸せなところだったのだろうと感じさせる。