隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

三体

劉慈欣氏の三体を読んだ。各方面で話題になっているので読んでみたが、確かにこれは読みやすいし、面白い。翻訳なのに読みやすいのは、訳者の一人である大森望氏の貢献なのだろうと感じた。翻訳の経緯に関しては訳者あとがきで書かれていて、その部分も興味深く読んだ。

物語は1967年文化大革命の混乱に荒れる北京での反動学術権威への批判大会から始まる。批判の対象は葉哲泰だった。この物理学教授は最後まで転向せず、自分の主張を曲げなかった。そのためその日紅衛兵の少女達にベルトで打たれて殺された。娘の葉文潔は父と同じ物理学を学ぶ学生で、父が反動学術権威であったために、内モンゴルの建設集団に送られることになる。母と妹はさっさと転向し、文化大革命の難を逃れたが、葉文潔は同じ道を選ばなかった。

その地で葉文潔は親しくなった白沐霖という記者から「沈黙の春」という本を見せてもらい、「悪こそが人間の本質」であり、「人類が自ら道徳に目覚めることなどあり得ない」という確信を得る。白沐霖は「沈黙の春」になぞらえて環境破壊が中国国土に悪い影響を与えていることを中央政府に伝える手紙を準備していた。そして、葉文潔はその手紙の清書を手伝ったのだが、その手紙が中央で問題になったとき、白沐霖は保身のために、責任を葉文潔に押し付けた。結果、葉文潔の立場はさらに危ういものになる。

こういう出だしで始まる三体だが、読み始めたときに中国の小説で文化大革命を扱って大丈夫なのかという疑問がまず浮かんできた。だが、出版されていて、作者も無事のようだから、今となっては相対的に歴史的な事柄になっているのかもしれないが、ちょっと驚いた。でも、さすがに天安門事件は書けないだろうなと感じた。訳者あとがきを読むと、中国版ではこの部分は冒頭ではなく、物語がある程度進んでから語られるような構成になっているということだ。それはやはり文化大革命への配慮であり、英語版が出版されたときに当初意図していた順番の冒頭に持ってきたという。

このような文化大革命で始まる小説がどういうSFになるのかといえば、この後葉文潔は元居た内モンゴルの建設集団のそばのレーダー峰というところに送られ、いわゆるSETI(地球外知的生命探査)に携わることになる。そして、偶然地球外知的生命との通信に成功するのだ。これが過去から続く一つの物語。

それとは別に現在の視点で語られる世界各地で起きる科学者の自殺という奇妙な問題に巻き込まれていくナノマテリアルの開発者汪淼の物語がある。こちらのほうはミステリアスに進行していく。世界レベルで何か想像もつかないことが進行しているようなのだが、杳として事件の実態が見えてこない。こちらの物語には「三体」というVRゲームのようなものが出てくるのだが、これも不思議な面白さがある。特に面白いと感じたのは、人間論理回路のアイデアだ。そしてこの人間論理回路を組み合わせてコンピュータを作り上げるところが面白い。

さて、この本は三部作の一冊目でこの後どのように進んでいくのか全く知らないのだが、楽しみだ。