隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

スワン

呉勝浩氏のスワンを読んだ。

改めて今年坂口安吾の不連続殺人事件を読んで、「心理のミステリー」という言葉を再発見してよかった。この小説も心理の小説なのだ。この小説の構造自体はシンプルだ。埼玉県にある巨大ショッピングモール「スワン」で無差別銃撃事件が発生した。犯人は3人組で、3Dプリンターで模造拳銃を作成し、更に日本刀を持ってショッピングモールに乗り込んだ。しかし、事件発生前に仲間割れから、一人殺された。残った二人はショッピングモールの別々な場所で、模造拳銃を使って殺傷をはじめ、犯人の一人はスカイラウンジにあるレストランに侵入した。そこにたまたまいたのが、女子高生の片岡いずみだった。犯人はいずみに誰を殺すか選べと言い、模造拳銃で殺傷していった。ひとり、また、ひとりと。

結局、最後は襲撃犯も自殺し、この事件は終局を迎え、片岡いずみは生存者として残った。しかし、後日そのスカイラウンジで何があったかが明らかにされ、いずみは壮絶なバッシングを受けることになった。実はもう一人生存者がいて、その生存者の親から何があったかがリークされたのだ。そして、事件から半年後、いずみは徳下宗平と名乗る弁護士から、ある集会に招待された。徳下は、ショッピングモール襲撃事件で母親を亡くした男性から、そこで何があって母親が死んだのか明らかにして欲しいという依頼を受けたというのだ。その集会には、いずみ以外には男性3人、女性1人が招待されていた。

小説の冒頭で襲撃事件の大筋は提示されているので、読者は何が起きたかというのは大体わかっている。だが、その中で語られるストーリが誰の視点というのかは明確にされていないし、最後に何があったかも明確に描かれていない。更に、集会に招待された面々は皆、何かを隠していて、正直には語らないのだ。集会のメンバーは全員信頼のおけない語り手なのだ。集会は複数回にわたって行われるのだが、そのたびに少しづつ真実が明らかにされていき、なぜこの集会に参加しているのかが明らかになる。こうして読者は少しづつ真実に近づいていくのだ。だが、既に亡くなった人や連絡のつかない人たちもいて、全てがわかるわけではない。事件の客観的な事実は監視カメラの映像と、犯人たちが録画した襲撃映像しか残っていない。それらを基に事件を再構成するのが弁護士の徳下で、彼は心理を頼りに事実に迫ろうとする。

今まであまり気にしていなかったが、「心理のミステリー」の再発見により、自分は「心理のミステリー」の方が好みに合っているのだということを再認識した。その点ではこの小説はまさに「心理のミステリー」であり、また、登場人物が真実を語らないところも面白い。いずみに関しては何かを隠していることはなんとなく示唆されているのだが、会合に来ている皆が何かを隠している点もストーリを面白くしている。それと、このスワンというタイトルと、バレエの白鳥の湖への言及、バレエを通じてのもう一人のサバイバーである同級生の古館こずえの関係、善と悪なども物語に深みを与えていると感じた。