隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

麻薬と人間 100年の物語

ヨハン・ハリの麻薬と人間 100年の物語(原題 Chasing the Scream: The First and Last Days of the War on Drugs)を読んだ。

この本に書かれていることは自分がなんとなく麻薬について理解していたことと全く違っていて、読み終わってもちょっと頭の整理がついていない。麻薬には常習性を引き起こす作用があり、繰り返し使っていると常習者になると思っていたのだが、それは間違いだった。

麻薬戦争

日本語のタイトルには100年の物語と書かれていて、麻薬なんてもっと昔から存在するのになぜ100年なのだろうと思ったら、それは1914年にアメリカで麻薬を禁止した法律「ハリソン法」が制定されてから約100年という事で、この「100年」の意味するところは英語の原題にある麻薬戦争が100年続いているという事だ。しかも、100年も戦い続けているのに、未だに勝利の出口も見えない泥沼の戦いになっている。この法律が成立する以前は麻薬を取り締まりの対象にはしていなかったので、薬局で自由に買えたのだ。

アメリカでの麻薬との戦いは連邦麻薬局の局長であるハリー・アンスリンガーが非常に大きな位置を占めている。この本の最初の方で取り上げられているが、なぜ彼が麻薬との戦いにのめり込むようになったのかが今一つよくわからなかった。子供の頃の原体験が語られているが、それだけなのだろうか?彼が負けた禁酒法との戦いの影響もあるのではないだろうか。アメリカ合衆国禁酒法を制定して、酒類を違法なものとして取り締まっていた期間があるが、その戦いには結局負けている。そして、アンスリンガー酒類取締局の職員だったのだ。また、取り締まりの動機には人種差別的な側面もあるだろう。かれは、「依存症の増加はほぼ100%、黒人によるものだ。依存者の60%は黒人だ」などと発言し、人種差別を煽っている。そして、差別的な傾向は当時増えていた中国人移民にも向かっていた。

しかし、この取り締まりの結果何が起きたかというと、非合法な組織が麻薬を売るようになり、価格が高騰したのだ。違法になる前は薬局で65ミリグラムのモルヒネが2~3セントだったのが、法律が成立した以降には犯罪組織は1ドルを要求した。こうして、麻薬は金を生む商売になり、依存者に売る多くの犯罪組織が成立した。

1950年代ハリー・アンスリンガー共産主義者の陰謀を作り出すことにより、自らの失策を薬物戦争をエスカレートする屁理屈へと転換した。全ての世界で取り組めば成果を上げると主張して、麻薬を禁止しない国々には援助プログラムを打ち切ると脅しながら、麻薬戦争の輸出を始めたのだ。その結果タイとイギリスが麻薬を禁止した。

このように麻薬戦争は終わりのない戦いになり、拡大を続けていくが、アメリカの警官の中にはある事実に気づくものもいた。レイプ犯を逮捕すれば、その分レイプ事件は減る。暴力的な人種差別主義者を逮捕すれば、そうした事件は減るのだが、薬物密売人を逮捕しても薬物取引が減ることがないのだ。ある地域で密売人を一斉検挙して取り締まれば、その後数日間は密売が減るのだが、一週間もすればまた以前の状態に戻るのだ。何が起きているのか?密売人がいなくなり、そのシマを取り仕切るものがいなくなると、ギャングたちは誰がそのシマを押さえるかで戦いを始めるのだ。そして、抗争が起き暴力事件が発生する。それは誰かがそのシマを押さえるまで続くことになる。

そして、別な側面もある。アメリカ人の半分以上は薬物禁止法に違反しているという。一人一人を逮捕するのは不可能なので、警察は抵抗できず、反論できず、裁判などに訴えることもできそうにない人々を逮捕する。それは、黒人やヒスパニック系であり、そこに少数の白人が加わる。

依存症

国連薬物犯罪事務所によると、薬物を使って問題を抱えるようになるのは使用者の10%だというのだ。これはちょっと驚きだ。これらの薬物は常習性を引き起こして、依存症になるのだと思っていたのだが、どうやら違うようなのだ。では何が要因になるのかというと、 子供時代に虐待を受けると、薬物依存になりやすいというのだ。虐待のトラウマから逃れるために薬物に依存してしまうという事だ。もちろんこれが100%の原因ではないであろうが、多くの場合このようなトラウマから逃げるために薬物にのめり込むような傾向がみられるというのだ。

1970年代ブリティッシュコロンビア州のサイモン・フレイ―大学で心理学を教えていたブルース・アレクサンダーはラットを使った実験を行った。実験用のラットの巣を2種類用意した。1つ目は一匹だけを閉じ込めておく巣で、もう一つはベニヤ板でできた壁の内側にはラットが喜ぶ車輪、カラーボール、餌、仲間のラットを用意した巣(ラットパーク)だ。どちらの巣にも二種類の水(普通の水とモルヒネ入りの水)を用意した。一日の終わりにどれぐらいの水を飲んだかを量った。その結果、一匹だけの檻のラットは一日25ミリグラムのモルヒネ入りの水を飲んでいた。一方ラットパークのラットはモルヒネ入りの水は殆ど飲んでいなかった(5ミリグラム未満)。つまり、隔離されたラットが依存症になったのだ。また、アレクサンダーは別な実験も行った。57日間一匹だけカゴに閉じ込めて、モルヒネ入りの水を飲ませたラットをラットパークに移した。最初は離脱症状のため痙攣することもあったようだが、すぐにモルヒネ入りの水を飲まなくなった。

この本では、依存症に人間は犯罪者として罰を受けることよりも、治療を受けるとともに、おかれている環境を変えることが重要であるということが繰り返し述べられている。だが、アメリカの刑務所で薬物依存者に対して行われていることは、隔離・虐待であり、依存症を助長するような行為なのだ。

麻薬を合法化した国々

本書には麻薬との戦争から平和的な共存へと舵を切ったカナダ・バンクーバー、イギリス、スイス、ポルトガルウルグアイのケースが書かれている。そして、最後にアメリカのワシントン州コロラド州のケースが紹介されているのだが、この2つの州ではマリファナは合法化された。興味深いことに、合法化の理由が真逆なのだ。コロラド州では酒よりも安全だからという理由で合法化され、ワシントン州では禁止することの方が弊害が大きいから合法化されたのだ。コロラド州住民投票が行われたとき、合法化に賛成は55パーセント、反対は45パーセントで、ワシントン州でもほぼ同じような結果だったという。

以下の英語版wikipediaを見ると、10以上の州でマリファナは合法化されていて、医療目的での合法州も10以上ある。
en.wikipedia.org