隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

霜月記

砂原浩太朗氏の霜月記を読んだ。本作は架空の藩神山を舞台にした時代小説だ。主人公は弱冠十八歳の青年草壁総次郎。物語はその総次郎が遊里にある賢木という料亭を訪ねるところから始まる。実はこの料亭の離れに隠居した総次郎の祖父が5年前から住んでいるのだ。だが、総次郎がこの料亭を訪れるのは今回が初めてで、のっぴきならない事態が発生し、どうしても尋ねないわけにはいかないことがあるから、やって来たのだ。実は父親の藤右衛門が前日釣りにでも行くような感じで外出したまま戻らず、今日になり城から使いが来て、「嫡子への家督並びに御役目相続を赦す」と告げたのだった。草壁家の家職は町奉行だった。どうしたらよいか途方に暮れる総次郎に、祖父の左太夫曰く「そなたが町奉行になるしかあるまい」。

こうして、見習いも経験していない町奉行が誕生することになるのだが、物語はド素人の町奉行が一人前になる話というようなものではない。祖父の左太夫が斬られた町人を見つけたところから、大きな事件につながっていく。ただ、物語は単に藩の暗部を描くだけではなく、名奉行だった祖父、凡庸だと言われた父、そして祖父と父の断絶、そのことに今となって気づき後悔が湧いてくる祖父という世代間の葛藤のようなものも織り込みながら進んでいく。例によって、花鳥風月を織り交ぜながらの情景描写は以前の通り本作でも随所に織り込まれている。

ただ、本作はちょっと不思議な設定ではある。祖父の左太夫家督を息子に譲った後、妻を亡くしてから料亭の離れに住まうようになった。どのように家賃やら食事代を払っているのかと思ったが、どうやら完全に居候のようで、ただのようだ。それにしても、飯屋や煙草屋にも立ち寄ってるので、小遣いぐらいはいると思うのだが、それがどこから出てくるのか謎だった。また、江戸時代の船に甲板があるような記述も気になった。