隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

名探偵の有害性

桜庭一樹氏の名探偵の有害性を読んだ。タイトルが面白いと思ったのだが、内容がシリアス目なのか、ユーモア的なのかわからずに読み始めた。テイストとしては後者であろう。

今から30年ぐらい前から約10年ぐらいの間、名探偵の黄金時代が日本にあった。難事件を次々と解決し、世間の脚光を浴びる名探偵の時代が。しかし、名探偵の時代も終わりを迎え、20年経った今の時代に、Youtubeの人気チャネルで「名探偵の有害性を告発する」という予告が流れ、名指しされたのが名探偵四天王の一人五孤焚ごこたいかぜだった。20年ぶりに再会した名探偵の五孤焚風と探偵助手の鳴宮夕暮は謎の告発者をつきとめるため過去の事件を再検証する旅に出た。

ネタバレになるからあまり詳しくは書きにくいが、名探偵が扱った事件なので、かなり複雑な事件だろうと思いきや、実はそうでもなかったりする。しかも、名探偵と言われている人たちは芸能事務所に属していて、半分タレント的にテレビ番組に出演して謎を解いていた。私はシリアス目の展開を期待していたので、ちょっとこのストーリーはどうかと思いつつ読み進めた。この小説の主人公も明らかに探偵助手の鳴宮夕暮で、探偵の五孤焚ではない。五孤焚自身は若干エキセントリックなので主人公にしにくい感じはあるが。ただ鳴宮は芸能事務所の意向で探偵助手になったようで、五孤焚は「二人で謎を解いてきた」と言っているし、単なる探偵助手ではなかった。実際鳴宮は鋭いところもある。

6章まではつまらなくはないんだけれども、特に面白くもなくという展開だった。というのも基本的には数十年ぶりに事件が起きたところに赴き、事件関係者に会うという展開で、どちらかというと単調だった。しかも二人はもう50代で、溌剌さに欠ける。だが7章は違った。最後まであきらめずに読んできてよかったと思いながら、本を閉じた。この物語は輝きを失いつつあった鳴宮の再生物語に着地した。

パピルスが語る古代都市: ローマ支配下エジプトのギリシア人

ピーター・パーソンズパピルスが語る古代都市: ローマ支配下エジプトのギリシア人 (原題 CITY OF THE SHARP-NOSED FISH)を読んだ。

以前西洋美術とレイシズム - 隠居日録を読んだときに「おなじみのエジプトの女王クレオパトラがその代表で、(略)、殆どの場合脱色された白い肌で登場しているのである」と書かれていた。その時には、「確かにエジプトの女王なので、肌は褐色か黒の方が正しいのかもしれない」と思った。その後何かで、クレオパトラギリシャ人(あるいはギリシャ系)であるというのを見聞きした記憶もある。そして、ヒエログリフを解け: ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース - 隠居日録を読んで、碑にはギリシャ語も書かれたということは当時のエジプトではギリシャ語が重要だったということだろうと想像した。しかし、なぜ重要だったのだろうか?その頃のエジプトの王は一対どういう人たちなのだろうと、疑問を抱くようになった。そしてこの本を発見した。

紀元前334年、マケドニアの若き王アレキサンドロスはペルシア討伐に出発した。そして、前332年エジプトに入り、ペルシアの総督は戦わずして降伏し、アレキサンドロスは古都メンフィスに進み、ファラオの称号を得た。前331年4月アレキサンドロスはエジプトからバビロニア、ペルシア、アフガニスタンと進み、インドのインダス川にまで到達した。そこからバビロンに戻り、アレキサンドロスは前323年33年の生涯を終えた。

この間エジプトにはマケドニアの守備隊がとどまっており、ギリシャ人の総督がいたが、基本的に行政はエジプト人の役人が担っていた。アレクサンドロスの死後、将軍たちは支配領域を分割し、ラゴスの息子プトレマイオスは、正当なアレキサンドロスの後継者フィリッポス3世の総督という名目でエジプトを手に入れた。フィリッポス3世は前337年に殺され、アレクサンドロス4世も前310年に殺され、権力の真空状態が生じた。こうして、アレキサンドロスのギリシャ帝国は3分割され、プトレマイオスプトレマイオス朝創始者となった。

本書はエジプトのオクシリンコスという古代の都市で見つかったパピルスについて書かれている。1896年ロンドンのエジプト基金パピルス獲得のために資金を割くことを決め、B.P.グレンフェルとA.S.ハントが発掘者となった。1897年1月11日に彼らが低い小山を彫っていた時に未知の「ロギア」即ちイエスの語録が姿を現した。これは後に聖書外典の「トマスの福音書」であると判明した。続いて「マタイの福音書」の1ページも見つかった。彼らが掘ったのはゴミ捨て場で、3カ月の発掘期間に280の箱を満たすに足るパピルス文書が見つかった。

最初のクレオパトラの肌の色に戻るが、彼女がギリシャ人あるいはギリシャ系であるならば、肌を白く描いてもあながち間違っていないと思う。