隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

キリオン・スレイの再訪と直感

都筑道夫氏のキリオン・スレイの再訪と直感を読んだ。キリオン・スレイシリーズの短編集の最終巻だ。本書には六編収められており、それぞれのタイトルは「如雨露と綿菓子が死につながる」、「三角帽子が死につながる」、「下足札が死につながる」、「女達磨が死につながる」、「署名本が死につながる」、「電話とスカーフが死につながる」となっていて、「~が死につながる」という共通点がある。巻末の初出誌一覧を見ると、「署名本が死につながるは」はもともとは「換骨堕胎」で、「電話とスカーフが死につながる」は「二ヵ所にいた女」となっていたようで、これらの方が他の収録作よりも先に発表されていたようだ。後から書いた短編は最初からタイトルを統一して、残りの二編は本に収録したときに変えて、全体のバランスをとったのだろう。

如雨露と綿菓子が死につながる
自殺した男たちがなぜか子供がいないのに如雨露を持って帰ってきたり、綿菓子を持って帰ってきたりしていたという。なぜそのようなものを持って帰ってきた後に自殺したのだろうか?
三角帽子が死につながる
歌舞伎町のバー三角帽子であった男のアリバイを証明してあげたキリオン・スレイだが、後日その男に再びバーで会うと随分悩んでいるようだった。「妻を殺したのはお前だ」という電話がかかってきたという。そして、その男が自殺したのを知る。何があったのか?
下足札が死につながる
銭湯の湯船の中で男が刺殺された。周りには4人の男がいたのに誰も犯人に気づかなかった。何があったのか?
女達磨が死につながる
野天風呂の岩の上に這い上がるような格好で女が死んでいた。背中には姫達磨の彫り物がある。しかし、ちょっと現場を離れている間に、女の背中から彫り物が消えていた。
署名本が死につながる
古本屋の主人から不思議な話を聞いたキリオン・スレイ。女の客がちょっと目を離したすきに本を入れ替えていったというのだ。それも残していったのは著者の署名入りの本。興味を持ったキリオンが古本屋の主人と実物を見に行くと、店の中で本を入れ替えた当の女の死体があった。
電話とスカーフが死につながる
女性編集者からボーイフレンドが占いをして、人殺しをすると言われたいう話を聞いて、興味を持ち、キリオン、青山富雄と女性編集者がそのボーイフレンドに電話すると、当の女性編集者に襲われているというようなことを言って電話が切れた。気になってボーイフレンドのところに行くと、実際に殺されていた。

今回キリオン・スレイの再訪と直感を何十年ぶりかに読み返し、また、坂口安吾の不連続殺人事件を読んで、気づいたことがある。それは、P247「 ぼくは骨組みを追いかけずに、心理を追いかけるべきだったんです」とP292「人間の心理を無視した不自然なプロットなんだ」という2つのセリフだ。「トリックよりロジック」という言葉は都筑氏のミステリー評論集である「黄色い部屋はいかに改装されたか?」で展開されてアイディアだというのがよく言われていたが、実は不連続殺人事件も念頭にあったのではないだろうか?不連続殺人事件がまさに心理に基づくミステリーなのだから、作中のこの言葉は無関係とは思えなかった。

銀花の蔵

遠田潤子氏の銀花の蔵を読んだ。

この作品は北上ラジオの第16回目で紹介されていた。
「年間のベスト3には入る作品だよ!」と遠田潤子『銀花の蔵』(新潮社)を猛烈紹介! - YouTube

銀花は主人公の女性の名前で、蔵は醤油蔵を指している。序章は現在なのだが、1は1968年夏、銀花が10歳の頃に時が巻き戻る。その当時銀花は父の尚孝、母の美乃里と大阪の文化住宅に暮らしていた。父は売れない自称画家で、写生旅行に出かけるとお土産を買ってきてくれて、銀花はそれを楽しみにしていた。母は料理が上手で、洗濯やアイロンがけも得意だった。ただ、母は身寄りがなく、父に会う前は随分苦労したのだという。写生旅行から帰ってきた父は、今度奈良にあるお父さんの生まれた家引っ越しすることになったと告げた。お父さんのお父さんが死んだので、帰って老舗の醤油蔵を継ぐことになったというのだ。

このように静かな感じで始まる物語だが、実はこの一家も複雑な家族状況であることがおいおいと明らかになっていく。一つを明かすと、奈良の醤油蔵には父の妹の桜子がいるのだが、銀花より一歳年上という設定になっている。そして、いきなり「自分のことは叔母さんと呼ぶな。母のことはおばあさんと呼ぶな」と銀花に迫るのだ。これはまだ序の口で、次から次と複雑な家庭状況がこの後出てくるが、それは読んでのお楽しみだ。それと、この物語では「座敷童」が重要なキーワードになっている。蔵には座敷童がいて、それを見たものは蔵の当主の資格があるというのだ。座敷童は岩手を中心とした伝承なので、このエピソードにはちょっと疑問を抱いたのだが、それも後半の方でどういうことか明かされて、そういうことだったのかと納得した。そして、銀花が蔵で座敷童を見たことから物語が大きく動き出し、それによって一家の関係が新たな状況に突き進んでいく。この座敷童は二重三重に物語に対して作りこまれていて、面白かった。

物語は1968年から現在までを断続的に語っていくのだが、銀花の幼少時代はあまり恵まれていない。それは大人になってもあまり変わらず、このままつらい状況が続くのかなと思っていたら、少しづつはよくなのだが、それと呼応して、この一家の複雑な関係が明らかになっていって、プラスなんだけれどもマイナスという不思議な感覚を覚えた。これもある種の家族の物語で、血縁とは何かを考えさせられる物語で会った。