隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

都筑道夫創訳ミステリ集成

都筑道夫氏の都筑道夫創訳ミステリ集成を読んだ。「創訳」という聞きなれない言葉がタイトルに入っているが、一昔前(すでに二昔ぐらい前か?)なら超訳とい言葉が使われていたことを覚えている人もいるだろう。この本に収録されているのは児童向けに翻訳した冒険小説やミステリーなのだが、様々な理由により都筑氏は原文を大胆に改変して、物語をかなり作り変えて翻訳しているのだ。

収録されているのはジョン・P・マーカンドの「銀のたばこケースの謎」、カロリン・キーンの「象牙のお守り」、エドガー・ライス・バローズの「火星のくも人間」の三作品。このような子供向けの作品は以前少年小説コレクションとして6冊出版されていたが、そこにも収録されなかった、ある種幻の作品群だ。

本書の解説の新保氏も書いているが、このような創訳をしたいきさつは自伝的エッセイの「推理作家ができるまで」の下巻の「別冊発進」「児童読み物」に書かれている。当時都筑氏は早川書房のエラリークイーンミステリマガジンの編集長だった。子供が生まれるということで間借りしていたところから小さな一軒家に引っ越した。給料は解説を書くための本の購入代に消えていくので、アルバイト的に翻訳やら児童向けに読み物をリライトして金を稼いでいたというのだ。児童向けのリライトは福島正実の紹介で2冊やったと書かれている。一冊はナンシー・ドリュー(本書の象牙のお守り)で、もう一冊はミスター・モトシリーズ(本書の銀のたばこケースの謎)の一作だっようだ。それで、翻訳しようとナンシー・ドリューを読んでみたら、「まさに少女小説、薄味もいいところで、おもしろくもなんともない」と書かれている。面白くないので全然筆が進まず、時間だけが過ぎていく。ふと思い出したのは、以前翻訳と称して、全くの創作の小説をでっちあげたことだ。そこで、このリライトも登場人物と筋はそのままに、大胆に脚色し、新にエピソードを付け加え、本筋に関係ない部分は大胆に削って、一日80枚書いて、三日で仕上げたという。ミスター・モトシリーズの方は大人向けの作品だったので、少年少女を登場させて、子供向けにリライトしたようだ。エドガー・ライス・バローズの火星シリーズは後年推理作家になってからの依頼で、「バローズの火星ものは、たいてい腰くだけになって、ラストがつまらない。このときも、最後の方は、かってに作り変えてしまった」と書いているが、最後だけでなく、全体に作り替えているようだ。そもそものこの火星シリーズは主人公のジョン・カーター幽体離脱して火星に行くという、ちょっと考えられないような設定なので、荒唐無稽もいいところなのだろう。名前は有名で知っているが、私は未だに読んだことはない。

「推理作家ができるまで」には「当時の著作権法では、翻訳権の切れた作品」を扱ったと書かれていて、児童向けにリライトするという前提での依頼なので、大胆な改変もありだったのだろうと思う。今、もし同じようなことを黙ってやったら大変なことになるのだろうなぁ。