隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

プラネタリウムの外側

早瀬耕氏のプラネタリウムの外側を読んだ。本書は連作短編で非常に不思議な小説群なのだが、それに負けづ劣らず作者の経歴も不思議だ。1992年の4月に「グリフォンズ・ガーデン」が早川書房から刊行され作者はデビューした。新人賞を取ったわけでもないのに、いきなり単行本が出版されるのだから何かがあったのだろうと想像するが、詳細はわからない。しかし、その後作者は長い沈黙期間に入り、22年後突如第二長編が出版される。そしてその後SFマガジンに断続的に連載された短編を一冊にまとめたのが本書というわけらしい。22年間に何をしていたのだろうという疑問もわくが、よく再び小説を書いたものだ。

一作目の「有機素子ブレードの中」では、物語は下関から釧路まで三泊四日で繋ぐ寝台特急が舞台としてスタートする。その寝台特急に心理学者の北上渉と小説家志望の尾内佳奈が出会うストーリーがつづられていくのだが、なんとなく二人の会話や様子が妙で、何かありそうだと思っていると、このストーリーはこの二人の旅を語る仮想の物語と、現実の物語が交互に描かれているという種明かしがそうそうとなされる。現実の世界は、本作のSF的側面の重要な部分であるIDA-XIと名付けられた有機素子を用いて構成されたコンピューターと、その上に構築された会話処理システムにまつわる人々の物語になっている。この有機素子は農学部の管轄となっているが、いまとなっては誰も使うものがおらず、主人公の南雲薫と北上渉はそれを借り受け、こっそりとそれを会話システムに利用して、出会い系のSNSのチャットシステムに使っていた。それが大学の助教をしている二人の裏の副業だった。心理学者の北上渉と小説家志望の尾内佳奈の物語は、その物語はIDA-XI上の会話システムで起こっている。そして、この仮想と現実が交互に語られるのだが、えっと思うような最期を迎える。というか、何が起きたかよく判らないうちに終わってしまうのだ。

次の「月の合わせ鏡」で「有機素子ブレードの中」の最後のあと何が起きたかは明かされるのだが、この「月の合わせ鏡」も唐突な最期を迎える。「なんなんだろう?この小説は」と思いつつ読み進めると、実はこの二編はそこから続く「プラネタリウムの外側」、「忘却のワクチン」のための伏線だったことがわかってくる。「プラネタリウムの外側」は最初の「有機素子ブレードの中」に登場する小説のタイトルであり、最終話の「夢で逢う人々の領分」では現実の方の登場人物が釧路から下関に向かう寝台特急に乗車し、仮想世界の北上と尾内が訪れた図書館を訪ねるような構成になっている。

チャットシステムのためにパラメータのチューニングが手作業でしているような表現がありちょっと違和感を感じたが(そのような単純な手作業でチューリングテストをパスできるようなシステムが構築できるとは思えない)、全体としてはなかなか面白いストーリとなっている。