隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

虫から死亡推定時刻はわかるのか?

三枝聖氏の虫から死亡推定時刻はわかるのか?を読んだ。本書を手に取る前には「法昆虫学」なるものがあることすら知らなかった。内容的には非常に面白いのだが、扱っている内容が内容だけに、読者を選ぶのかもしれない。ここで扱っているのは当然虫なのでが、虫の中でもハエで、その幼虫のウジがほぼ大半なのだ。著者の三枝氏は岩手医科大学の生物学の先生だ。

まず最初に法医学解剖の場で三枝氏がどのようなことをするかが述べられるのだが、死体の放つ匂いの事だったり、死体についているウジを採取して、熱湯で殺すことなどが述べられている。法昆虫学者が必要とされるのは、死後経過時間を推定するために有用な情報を得ることが難しく、最終生存確認もあいまいで、かつ昆虫が死体に入植している状況の場合だという。つまり、死体にいる虫から、死後どれくらい経ったのかを推測しようというのだ。

一口にハエと言っても色々な種類がいるし、それぞれ異なる状態の死体を好むことから、そのハエが死体の分解にかかわったかを読み解くことで、死体のへた分解過程を推測することも可能だという。そのために、アメリカには「死体農場」という研究施設があり、外界と隔離した区域で、ヒトの死体の腐敗分解過程の研究をしているという。さすがに日本でこのようの実験はできないので、筆者は子豚の死体を使って、大学施設内の「死体菜園(農場ほど大きくないので、筆者がそう名付けた)」で経過観察をしているという。「死体農場」という言葉はパトリシア・コーンウェルの小説のタイトルになっているのは知っていたが、その小説は未読で、それがどんなものかは全く知らなかった。まさかこんな意味があったのかと驚いた。

それと、戦争の話で、野戦病院などで、生きている人の傷口にウジが湧く「損傷蠅蛆症」という現象が知られていたらしく、「ウジは主に壊死した組織を蚕食し、損傷の治療を促進する」とい事が報告されていたらしい。そして、現在では無菌状態で飼育したヒロズキンバエのウジを通気性のある素材でできた小袋に入れ、導尿病性の皮膚潰瘍部にウジ入りの小袋を貼付し、壊死した組織を食べさせて損傷治療を助けるmaggot therapyという治療法があるというから、これにも驚きだ。

また、筆者は、

死者に関する情報に対しては「鈍感」になることも法昆虫学者には必要な素養であると思う

と述べている。というのも、いつ亡くなったかわからないというのは、様々な事情があるわけで、その部分に過度に感情移入してしまうと精神の健康を崩してしまうからだ。この事はこのような仕事をする人にとってはかなり重要なことだと思う。