隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

千の顔をもつ英雄

ジョーゼフ・キャンベルの千の顔をもつ英雄(原題 The hero with a thousand faces)を読んだ。本書は、ジョージルーカスが初期のスターウォーズシリーズの脚本作成時に参考にしたことにより、後に有名になり、また、「神話の法則」により物語の構成の解説書でも引用されている比較神話学の古典だ。1949年に初版本が出版されていることを考えると、本当にこの分野の古典的なテクストで、キャンベル自身はあくまでも世界各地の神話に共通要素があること見出し、それをまとめたのが本書なのだが、後年は神話の構造を解説しているような受け取られ方をしているのが興味深い。

本書は2部構成になっており、第一部は「英雄の旅」、第二部は「宇宙創成の円環」というタイトルがついている。英雄の旅はXYZの構造で解体されている。Xは自然を超越した不思議の領域である。YにおいてはXで途方もない力に出会い、決定的な勝利を手にする。そして、仲間であるZに恵みをもたらす力を手にし、不可思議な冒険から戻ってくる。この冒険は次のようにまとまられている。

神話の英雄は、日常生活を送る小屋や城から旅立ち、誘惑されたり、浚われたり、あるいは自発的に進んだりして、冒険の境界に向かう。そしてそこで、境界を守っている陰の存在と出会う。英雄はその力を打ち負かすかなだめるかし、それから生きたまま闇の王国に入るか(兄弟の戦い、竜との戦い、供物、呪文)、敵に殺され 死の世界へと降りていくか(四肢解体や磔刑)。境界を超えると、英雄はなじみがないのに不思議と親しみを覚える力の支配する世界を旅することになる。力の中には、厳しく彼を脅す力もあれば(試練)、魔力で助けてくれる力もある(助力者)。神話的な円環の底にたどり着いた英雄は、究極の試練を経験し、見返りを手に入れる。その勝利は、英雄と世界の母なる女神との性的結合(聖婚)や、父なる創造主からの承認(父との和解)、あるいは英雄自身が聖なる存在になる(神格化)という形で描かれる。その力が依然として英雄に好意的でない場合、褒美を盗み出すことによって手に入れる(花嫁の略奪、火の盗取)こともある。本質的に、それは意識の、と同時に、存在の拡張である(啓示、変容、自由)。最後は帰還に取り組むことになる。そうでない場合、英雄は逃げ、追跡を受ける(変身による逃走、障害物による逃走)。帰還途上の境界で、超自然的な力は英雄の背後にとどまるしかない。英雄は、恐怖の王国から再び姿を現す(帰還、復活)。英雄が持ち帰る恩恵は世界を復活させる(霊薬)。

第二部は宇宙の創世から終末の物語は円環をなしていることを説明している。宇宙は無時間の世界から忽然と現れ、そこに漂い、また無時間の世界に沈んで消滅する。神々はこの流れを支配する法則の象徴的な化身であり、世界の夜明けとともに誕生し、黄昏とともに消えていく。宇宙創成の円環は果てしなく繰り返す世界としてとらえられている。

キャンベルはこれらのことを説明するために、世界各地の神話・伝承・宗教的な聖典を引用して説明を加えている。キャンベルの説明の章立ての都合上、一つの物語が分割されて、バラバラに引用されるので、読んでいても頭に入ってこない部分もあり、読みにくく感じることも多々あった。キャンベル自身はなぜ世界各地に似たような話があるのかという問いに対しては、人類が普遍的に持つ無意識の欲求や恐れなどが象徴的に表現されているからだとしている。そして、心理学的な考察を通して、神話の構造が理解できるとしているのだ。それは以下の言葉に端的に合わられていると思う。

神話は、伝記や歴史、宇宙論として誤読されている心理学なのである。

ただ、キャンベルはユングとかフロイトの夢判断に過度に傾倒しているのではないかと思われる印象を受けた。