隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

世界の英語ができるまで

唐澤一友氏の世界の英語ができるまでを読んだ。英語の素となった言語は、現在のユトランド半島やオランダ・ドイツの北部沿岸地域で細々とつかわれた言語だったが、それがイギリスに根付き、現在では世界で最も使われる言語となっている。本書は「世界の英語」ができるまでの道筋について解説した本である。


綴りと発音

英語を学習する中で往々にして疑問に思うのは、なぜこうまで綴りと発音に一貫性がないかだ。

発音

いわゆる1066年のノルマン征服以降支配階級の言語はフランス語に置き換えられてしまうのだが、1362年エドワード三世が議会の開会を英語で宣言したころより、公的な場面でも英語は再び使われようになった。更に、1417年にヘンリー五世が王の公的な書状で用いる言語を従来のフランス語やラテン語から英語に変更してからは、英語の威信回復がますます図られるようになった。当時、公文書はチャンセリーという役所で作成されており、チャンセリー・スタンダードという公文書の英語の規範が整備させるようになり、1460年ごろまでにはイングランド中に広く知られるようになった。

しかし、チャンセリー・スタンダードで用いられていた綴りは保守的な傾向があり、例えばhighのghは黙字であるが、中英語期の途中までは[ç]音や[h]音があったことに由来する。footやfeetの母音も中英語期の途中までは/o:/、/e:/と発音されており、ooやeeという綴りは当時の発音を反映していた。また、meetとmeatは現在では/mi:t/であるが、中英語期にはそれぞれ/me:t/、/mε:t/と発音されいて、-ee-と-ea-はこの違いを区別するものだった。また、1400年から1650年頃に起きた大母音推移には全く対応していない。

大母音推移とはアクセントのある長母音の調音位置が上方にずれた現象だ。

このように、チャンセリー・スタンダードの整備や印刷技術の普及によって確立・定着し現在まで使われている伝統的な綴り字と発音の間には、600年分とずれが蓄積されているといえる。

綴り

現在では基本的にひとつの単語に一つの綴りといのが当たり前だが、つづり字が現在のように定まったのは18世紀後半以降のことであり、それまでは一つの単語にいくつものヴァリエーションがあった。辞書や文法書の整備は望まれてはいたが、なかなか実現しなかった。辞書に関しては1755年にサミェル・ジョンソンの出版した、A Dictionary of English Languageがもっともよく売れ、普及し、信頼のおける辞書と認識されるようになった。文法に関しては、ロバート・ラウスが1762年に出版したA Short Introduction to English Grammarが最初に普及し、その後1795年にリンドリー・マリーのEnglish Grammarが出版され、ラウスの文法書をしのぐ影響力を持った。

スコットランドアイルランド

この話はややっこしい。 古代から初期中世までは、アイルランドスコットランドと呼ばれていた。スコットランドとは、ゲール語を話す人々の国で、もともとアイルランドに住んでいたが、6世紀以降スコットランドの西部に移り住んだとされる。そのため、特に10世紀以降は現在のスコットランドが「スコットランド」と呼ばれるようになった。

フランス語から英語へ

フランス語は17世紀に外交や国際関係の分野における共通語としてラテン語にとって代わり、広く使われるようになっていった。1875年に日本とロシアとの間で結ばれた樺太・千島交換条約の正文はフランス語だった。一方、1819年に締結された、第一次世界大戦講和条約であるヴェルサイユ条約では、フランス語と英語が正文となっており、このころには英語の国際社会での重要性がフランス語に並ぶくらい重要になったと推測される。

北米大陸への進出

元々英語は他の言語からの借用語が多い言語だが、グレートブリテン島にとどまっていた時点で、ケルト語、北欧語、フランス語、ラテン語ギリシャ語から単語を輸入していた。その英語が北米大陸に進出することにより、さらに他の言語から単語を取り込むことになる。

ネイティブアメリカンからの借語

北米固有の動植物や土地の名前に多く見られる。jaguar(ヒョウ、ジャガー)、raccoon(アライグマ)、opossum(オポッサム)、skunk(スカンク)、capybara(カピバラ)、persimmon(柿)、tomahawk(トマホーク)など。州名の半分以上は先住民の言葉に由来し、例えば、アリゾナミネソタミシシッピー、ネブラスカ、ユタなど。シカゴ、マイアミ、シアトル、マンハッタン、ナイアガラの滝、ポトマック川などもそうである。

スペイン語からの借語

canoe(カヌー)、hurricane(ハリケーン)、hammock(ハンモック)、tobacco(タバコ)、potato(ジャガイモ)、tomato(トマト)、chocolate(ココア)、chili(唐辛子)、mosquito(蚊)、alligator(ワニ)など。スペインの牛飼い(vaquero)の伝統に端を発する牧畜業にはスペイン語に由来する言葉が多い。例えば、buckaroo(カーボーイ)、lariat(投げ縄)、rodeo(ロデオ)など。また、bonanza(大鉱脈、大当たり)、barbecue(バーベキュー)、tortilla(トルティーヤ)、cafeteria(カフェ)などもスペイン語由来。アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、フロリダ、ネバダスペイン語に由来し、かってニュースペインの一部であった地域のサンフランシスコ、ロサンゼルス、ラスベガス、サンノゼスペイン語に由来する地名だ。

オランダ語からの借語

boss(上司、ボス)、cole-slaw(コール・スロー)、cookie(クッキー)、Santa Claus(サンタクロース)、waffle(ワッフル)など。ニューアムステルダムからニューヨークになった地域には、オランダ語由来の地名が残る。

現在の地名オランダ語の地名
BroadwayBrede Weg
BrooklynBreukelen
HarlemHaarlem
Long IslandLange Eiland
Wall StreetWalstraat

ウェブスターの辞書

イギリスでサミェル・ジョンソンの出版したA Dictionary of English Languageが多大な貢献をしたように、アメリカではウェブスターが1828年に出版した、アメリカ最初の本格的な英語辞書An American Dictionary Of the English Languageが大きな影響を与えた。収録語もジョンソンの辞書の4万3000をはるかに上回る7万語に上った。

また、この辞書により、読まない-e-や-u-を取り除いたlabor、humor、color、ax、不必要な-k-や-l-を取り除いたrepublic、academic、traveled、canceled、発音により即したtheater、centerなどがアメリカ英語の綴りとして定着した。

英米で異なる語彙が使われる場合

kennel(英)-doghouse(米)、nappy(英)-diaper(米)、tap(英)-faucet(米)など日々の生活に密着した身近な言葉に多く含まれる傾向がある。これはイギリスとアメリカとの間で国際的なコミュニケーションの場で使われることが少なく、両国間で別の語彙が使われると推測される。また、交通や輸送に関する分野の語彙も多く含まれており、これはこれらの分野が19世紀以降に発達したもので、20世紀の前半に両国間のコミュニケーションが整備される前は、両国間の交渉が希薄だったことが影響しているのだろう。