隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

ライフ・アフター・ライフ

ケイト・アトキンソンのライフ・アフター・ライフ(原題 Life After Life)を読んだ。あらすじをちらりと見たら、ループ物と書かれていたので、SFなのかと思い読んだのだが、SFではなかった。

主人公はアーシュラ・トッド。彼女は1910年2月に生まれたのだが、生まれた時へその緒が首に巻き付いており、窒息して、ほどなく息を引き取った。それが最短の人生だろう。しかし、別なループでは、医者が出産に間に合い、彼女は一命をとりとめた。そのことだけが、彼女の致命的なイベントではない。幼い頃、家族で海水浴に出かけ、大きな波に飲み込まれて命を落とすこともあった。それを回避しても、第一次世界大戦勝利を祝うロンドンでのパレードで、メイドがインフルエンザに罹患し、それが伝染して、何度も何度も命を落とした。何度もだ。アーシュラは前の記憶はないのだが、デジャヴという形で感じたり、何か危険なものを感じ取る時がある。インフルエンザの脅威を回避するために、メイドを足止めしようとしたり、家に入れないようにしたりと何度も試みるのだが、何度も失敗した。

と、最初の方は、どうやってアシューラがバッドエンドを回避するのかというようなストリーが展開するのだが、やがて時は第二次世界大戦の時代に差し掛かる。そこでも、あらゆる災難がアーシュラを襲う。実は作者がこの第二次世界大戦の時代を描きたくてこの小説を書いたのではないだろうかと思った。1940年代の初頭はドイツによるロンドンの空襲が何度も何度も描かれ、それはあまりにも悲惨な世界だ。また、ある時アーシュラはドイツに住んでいるのだが、1945年になると今度は連合国によるベルリン空襲が激しさを増し、そしてアーシュラは命を落とす。そして、ある時アーシュラはこの悲惨な戦争を回避するためには、あの男を排除するしかないと天啓をえ、それに向けて準備を進める。それが、一番最初に描かれている場面だろう。それが成功したのかどうかは分からない。

戦争を何とか生き延びても、1947年のイギリスのエネルギー不足と寒波が襲来した時期を乗り越えられない世界もあったり、1967年まで生き抜く世界があったりするのだが、なぜ彼女がこのようなループの世界にいるのかは全然明かされない。だから、これはSFではないのだろうと思ったし、作者にとってはループするというのは単なる仕掛けで、主眼ではないのだろうと思った。

一点興味深かったのはUrsulaという名前は「熊」という意味を持っているという事だ。父親からも「小熊くん」と呼ばれている。現代日本の感覚からすると「熊」という名前を女の子につけるのはちょっとためらわれるような気がするのだが、ヨーロッパにはそのような感覚はなかったのだろう。