隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

HHhH (プラハ、1942年)

ローラン・ビネのHHhH (プラハ、1942年) (原題 HHhH)を読んだ。この小説のタイトルは何とも言えないような奇妙なものとなっている。どのように呼んでいいのかわからない。作者がフランス人なので、アッシュ・アッシュ・アッシュ・アッシュなのか、それとも、このタイトルはドイツ語のHimmlers Hirn heiβt Heydrichの略語なので、ドイツ語読みのハー・ハー・ハー・ハーとすべきなのか、それとも全く別のものなのだろうか?この小説はナチス・ドイツの親衛隊隊長であったラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件を扱った作品である。

この小説の内容とは離れるが、最初にハイドリヒ暗殺を扱った映画を見たのは「死刑執行人もまた死す」だった。この映画では暗殺事件直後から物語が始まり、暗殺犯はチェコ人のレジスタンスで医者だという設定だった。この内容は全くの作り物だという事を知らなかったので、実際の事件もそういうものだと思っていた。しかし、これは1943年に作られたアメリカのプロパガンダ映画という事を後で知った。その後「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦,」を見た。この映画で暗殺者はロンドンからやって来た抵抗組織の軍人という事になっていて、どうやらそちらの方が史実のようだ。ただ、この映画も史実に近いようだが、色々脚色もされているだろう。

そして、本書である。こちらは作者がなるべく史実に忠実に書こうとした通称「類人猿作戦」とよばれる、当時ボヘミアモラヴィア(現在のチェコ)地方長官ラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件の顛末だ。扱っているのは暗殺事件だが、タイトルにあるようにハイドリヒの物語でもあるので、作者は本書ではハイドリヒの人生を追っている。彼には人生において2度のピンチがあったようだ。

一度目のピンチは1931年にあった。彼は当時海軍中尉であったのだが、婚約者がいるにもかかわらず、ポツダムダンスホールで知合った女性がわざわざキールまで訪ねてきたので、自宅に女性を連れ帰った。女性の両親はハイドリヒに償いを求めたのだが、彼にとって厄介だったのが女性の父親はレーダー海軍提督の友人だったことだ。彼は軍法会議にかけられ、不名誉除隊となり、無職になった。そして、1932年にナチス親衛隊(SS)に入隊するのだが、隊員になっても給料は出ず、無料奉仕のようなものだった。

二度目のピンチは少し話が込み入っている。1937年当時のヒットラーの考えでは、ドイツが最も安価な手段で最も大きな利益が得られる地域はオーストリアチェコスロバキアであった。ヒットラーが最初の目標としてこれらの国を挙げた時に反対したのが陸軍総司令官のフォン・フリッチュだった。そのために彼はハイドリヒの陰謀の犠牲になることになる。フリッチュは固い独身者で通っており、そこをハイドリヒに突かれた。かれはゲシュタポにある同性愛撲滅課でフリッチュという軍人がバイエルンのジョーという男といかがわしい関係に及ぼうとしたところを見たという証言を見つけた。このフリッチュという軍人はフォン・フリッチュとは別人なのだが、ハイドリヒはその証言を悪用して、フリッチュを陥れようとしたのだ。フリッチュは法務局のオフィスでは黙秘を通したが、ヒットラーからは辞任を迫られた。ところがフリッチュは辞任を拒み、軍事法廷での裁定を求めた。軍部は調査を開始し、真実を突き止めた。もし、裁判が開かれたら、ハイドリヒのでっち上げが白日にさらされることになり、彼は更迭されるだろう。ハイドリヒにとっては非常にまずい状況になったのだが、フリッチュは健康を理由に休暇を取り、裁判は開かれなくなった。ここに至る経緯が本書からはちょっとわかりにくいのだが、1938年2月5日にヒトラーが全権力を掌握したことにより、軍部とヒットラーの力関係が逆転してしまった。その後オーストリアが併合されるととてつもない熱狂がドイツで起き、軍はヒットラーに屈服した。結局裁判は開かれたが、フリッチュは無罪、証言者は消され、誰もこの件を話題にしなくなり、どうやら辛くもハイドリヒはこの状況を抜け出すことができたようだ。

本書の200ページ辺りでパラシュート部隊の二人がプラハに潜入する辺りの時間軸になる。そして、300ページ辺りで暗殺事件が起きる。短機関銃が故障して射殺できなかったこと、だが爆弾により重傷が追ったことなどが書かれている。知らなかったのは、ハイドリヒは重傷を負って病院に担ぎ込まれて手術を受けたのだが、手術自体は成功したという事だ。しかし、その後感染症に襲われ命を落とした。