隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

本売る日々

青山文平氏の本売る日々を読んだ。本書は短編集で、「本を売る日々」、「鬼に食われたひと」、「初めての開板」の3編が収録されている。主人公は松月平助という本屋の男である。本と言っても、彼が扱っているのは「物之本」で、仏書、漢籍、歌学書、儒学書、国学書、医書の類である。とある城下町で松月堂という本屋を開いているが、行商のため近郷の村を回ったりもしている。平助が遭遇した物語なのだが、面白かったのは「初めての開板」だった。「鬼に食われたひと」は八百比丘尼を想起させる不思議な話で、怪異譚のような感じだ。「本を売る日々」はこの中では一番よくわからない話だった。この短編の中で、中古の版木を手に入れるために金策をしているようなことが書かれているのだが、それがどのようになったのかについても結局書かれていない。

「初めての開板」はタイトルの通り平助が初めて開板する話なのだが、いつまでたってもその開板の話に繋がらないので、どうなるのだろうと思っていると、思わぬところから開板に繋がる。最初は平助の弟が嫁と娘を連れて不動尊の参詣にきて、喘病の発作が出た。それで関わりになったのが西島清順という名前の町医者。平助は詳しくその医者を知らなかったので、評判なりなんなりを調べるのだが、別の筋から佐野淇一という村医者と知己を得、西島清順の事を訪ねると、知らないという。実際のところ佐野淇一は西島清順を知らないが、西島清順は佐野淇一を知っている。そして、西島清順は平助に佐野淇一への頼みごとを託すのだが、それが縁で開板に繋がる。これはうまくできている話だし、当時の医学とか医書の話とかもうまくストーリーに生かされていてるのも良い。実は2話目が怪異譚の様だったので、この短編はそういう話が主なのかと思ったところでの、このストーリーだったのも良かったのかもしれない。そういう意味ではこの三編の配置はこの順がいいのだろう。巻末の初出一覧を見ると、「初めての開板」が2番目になっている。