隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

ガーンズバック変換

陸秋槎氏のガーンズバック変換を読んだ。早川書房から出版されていて、「著者初のSF作品集」という事にはなっているが、そんなにハードなSF作品ではない。収録されているのは、「サンクチュアリ」、「物語の歌い手」、「三つの演奏会用練習曲」、「開かれた世界から有限宇宙へ」、「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュイラナーガ」、「ハインリッヒ・バナールの文学的肖像」、「ガーンズバック変換」、「色のない緑」の8編。

面白かったのは「サンクチュアリ」の最善主義という仕掛け。最善主義の批評家がなぜしつこく酷評するのかがちょっとわかりにくいが、他人の痛みから快楽を得られないというところとゴーストライターを依頼せざるを得ないというところが繋がった時、何とも言えない皮肉を感じた。「開かれた世界から有限宇宙へ」もちょっと興味深い。3Dゲームの計算量を減らすために、昼・夜の二つの時間しかない世界を想定せざるを得なかったのだが、そんな世界になってしまった理由を、ゲーム内の登場人物たちも納得するような理由をでっちあげる話。物語内現実のためのSFではなくて、物語内のゲームのためのSFというようなストーリーになっている。あと、「色のない緑」も面白かった。突如自殺の報を知らされた同級生について、なぜ自殺したのかを考察するミステリー的な展開を見せる短編。言語学プラスAI的なSFになっている。巻末の作者のあとがきによれば、この作品は2019年頃に書かれているのだが、今の時点で見るとAIに関する内容が既に古くなっている印象を受けて、現実世界の進み方の速さにちょっと驚きを覚えた。