隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

文明交錯

ローラン・ビネの文明交錯 (原題 CLVILIZATIONS)を読んだ。実は最初にこの本の紹介を見て面白そうだと思い、過去の作品を見た。そうしたら、過去の作品も面白そうだったので、順番に読み進めてた。そして、ようやく本作に辿り着いた。もちろんそれぞれの作品は独立していて、全く関連性はない。なので、どの本から読みだしてもいい。そして、読まなくても、他の作品を楽しむためには何ら問題はない。

ジャレド・ダイアモンド博士の「銃・病原菌・鉄」はあまりも有名だ。有名過ぎるので自分にとっては今更読むのがはばかられる本ではある。訳者あとがきによると、この本の中でスペインによるインカ帝国征服の勝利の理由としてあげられているのが、鉄器、鉄器による武器、騎馬などに基づく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病、航海技術、ヨーロッパの政治機構などだ。そして、ダイアモンド博士は更にこれらを深掘りしていくらしい。なぜインカのアタワルパがスペインに行かなかったのかというダイアモンド博士の問いに触発されて書かれたのが本書だ。本書はインカ帝国がヨーロッパを征服できるとするならば、どういうことが起こっていたのか、そして征服はどのようになされたのかという架空の歴史物語が描かれている。物語は10世紀の頃ノルウェー人がアイスランドグリーンランド、そして伝説のヴィンランドへと進み、既に中南米に鉄・馬とヨーロッパの伝染病をばらまくことから物語を始める。15世紀にコロンブス西インド諸島に辿り着いた時には、ダイアモンド博士が挙げたいくつかのインカ帝国崩壊の要因が取り除かれているというようにストーリーが進んでいく。

言語七番目の機能を読んだときにも感じたが、本書には実在の人物が多数登場しており、彼らの本書における事績は史実をちょっと改変するようにして描かれている。当然史実を正しく理解していたほうが書かれている内容を楽しめるだろう。訳者も読者の便宜のために多数の註を残してくれてはいるが、その量にはどうしても限りがある。ビネの小説を本当に楽しむためには、かなりの教養が必要なのだと改めて感じた。

本書は4部作の構成をとっていて、第三部がインカの皇帝アタワルパによるヨーロッパ征服の部分で、これだけで本来の目的は達せられると思われる。だが、本書にはおまけのような第四部があり、実は第四部の「セルバンテスの冒険」も重要である。ここに登場するガチガチのキリスト教徒でギリシャ人のドメニコス・テオトコプーロスとボルドー高等法院の法官ミチェル・ド・モンテニューの討論が面白く、いかにキリスト教徒が野蛮で自己矛盾しているかがよくわかる。本書ではインカの皇帝アタワルパによりヨーロッパの宗教対立が解消し、ユダヤ教だろうと、イスラム教でも、カソリックも、プロテスタントも太陽神も信仰に取り入れれば、等しく信仰が保証される世の中になっていて、異端審問という恐ろしいものも廃止されている。磔にされた一神教は斯くも不寛容なのか感じさせることは第三部にも書かれているが、第四部でそれらを二人の会話で総括している。そのことを書きたいがために、第四章を付け加えたのではないかと妄想している。仮にインカ帝国がヨーロッパを征服したら宗教的な安定がもたらされるのかはわからない。だが、磔にされた神を信仰するものが世界に及ぼした、そして今も及ぼしている影響はあまりにも大きすぎる。