隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

回樹

斜線堂有紀氏の回樹を読んだ。巻末の初出一覧によると2021年から2022年にかけてSFマガジンに掲載されたものと書下ろし1編が本書には収録されている。全部で6編からからなる短編集である。収録作品は「回樹」、「骨刻」、「BTTF葬送」、「不滅」、「奈辺」、「回祭」。

表題作の「回樹」と書下ろしの「回祭」は対になる作品で、回樹と呼ばれた謎の物体をめぐる愛憎の物語。それは秋田県に突然現れた。全長1キロの巨大な物体で、外形はヒト型であるが、表情はない。色は薄青色をしている。横に寝ころび、上側の膝を直角に曲げて、上側の腕を顎の下に入れた格好で横たわっているように見える回復体位という姿勢をとっている。どんな物資をもってしても傷つけられず、X線も通さないので、調査ができなかった。ある時死体を吸収することが分かった。しかもそれだけではなく、回樹に吸収された人への愛が回樹への愛へと転換したのだ。「回樹」と「回祭」は自分の抱いている感情が愛なのかを確かめるために、遺体を回樹に奉げた者たちの物語。

「骨刻」は骨で文字を刻むことによって生まれた特殊な風習・新興宗教をめぐる物語。レントゲン写真でも撮らなければ見られない刻み込まれた文字に人はいかなる意味を見出すのか、そんな物語だ。「BTTF葬送」は映画に魂がこもっていて、魂の量が有限ならば、くそ映画しかできなくなると信じられた世界の物語。「不滅」も何とも言えない世界の話で、突如死体が腐りもせず、強靭な硬度を持って処分できなくなり、地下に埋めるか、宇宙に捨てるしかない世界の話だ。「奈辺」は18世紀の人種差別がそこらかしこにあるアメリカニューヨークに緑色の宇宙人が円盤の故障で不時着して起こる物語。

「奈辺」以外は「死」、「遺体」、「葬」というようなつながりがある短編集になっていて、「回樹」、「骨刻」、「回祭」はこの作者的な情念の物語になっている。「奈辺」はこの短編集の中ではちょっと毛色が変わっていた。コミカルなものを狙ったのか、執筆意図がちょっとよくわからなかった。