隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

アメリカは内戦に向かうのか

バーバラ・F・ウォルターのアメリカは内戦に向かうのか (原題 HOW CIVIL WARS START AND HOW TO STOP THEM)を読んだ。日本語のタイトルよりは英語の原題の方がこの本の内容をよく表していると思う。どんな状況になったら内戦が起きやすいのかということをまず論じ、そのことを踏まえて、現状のアメリカの状況がいかに危機的なのかということを分析している。そして、内戦一歩手前で踏みとどまった過去の事例から、何をすればその危機的なアメリカの状況を回避できるのかを分析している。

アノクラシー

本書ではまずアノクラシー (anocracy)という言葉が紹介されている。この言葉が意味するところは「完全に民主主義でもなく、完全に独裁体制でもない中間的な体制」という意味だ。この本によると、どっちつかずで制御の利かない体制が内戦に結びつきやすいというのだ。これは何となく感覚的にわかりやすい。特に極度の独裁体制が敷かれている国は内戦には向かわないだろうし、そのような国では政治体制が脆弱になったり、緩んだりした場合の方が、武力で体制を転覆させようとする勢力が現れるだろう。また、完全な民主主義に国で、テロを除けば、武力による体制転覆はあまり起こらないだろう。本書ではポリティカル・インデックスという指標を使い、この指標で政治体制がどのような状況にあるかを表している。-10が完全独裁体制、+10が完全民主主義体制で、6~10であれば民主主義体制、-10~-6であれば専制体制とみなされる。残念ながら本書にはこのインデックスがどのよう導き出されるのかまでは書かれていなかった。

アノクラシーの国とはこのインデックスが-5~5の間にある国で、アメリカの「政治的不安定性タスクフォース」チームで分析したところ、アノクラシーの国は政情不安で内戦に至る危険性は専制国家の2倍、民主主義国家の3倍という結論を得た。このタスクフォースには本書の著者も参加している。

派閥主義

上記のタスクフォースチームの分析の結果、あるパターンを持つと、政情不安と暴力の間に強力な密接性がみられることが分かった。そのパターン(あるいは特徴)は「派閥主義」と呼ぶべきような政治的分極の激化だった。派閥主義の国では何らかのアイデンティに基づいた政党が幅を利かせている。多くの場合柔軟性はなく、境界は厳格で、一触即発の場合も多い。アイデンティティは多くの場合宗教や民族によっている。

派閥による支持をがっちり固めた政治家は自らと支持者に有利で、狭隘な問題ばかり追求することに力を入れる。そうして、他の集団を排斥し、犠牲にし、自身の支配に汲汲とする。そして国民が国全体を考える体制から、自集団のことにしか頭にない体制に堕ちてしまう。ここから先は内戦にいたる道につながっている。武器を手に取る集団は、一般的に政治からはじかれているという事実がある。選挙権は限定的、政治的地位から見放され、政治権力全般から排除されている。さらに、以前権力の上位にいた人々が落ちこぼれていくときに、実態的暴力に走る傾向が一挙に高まる。また、抗議行動に対する武力弾圧は、希望の喪失につながり、市民の体制への信頼が一気に消失し、直接行動の引火点になる。

ジェノサイドへの10段階

内戦には民族浄化・ジェノサイドはつきものになっていて、作者は最終段階に至るまでには10段階あると説明している。

  1. 階層化。人種、土地、心情などで人々を分離する行為を指す。
  2. シンボル化。他者から外見で属性を判断でき、それを利用にすること。ナチスの鍵十字、ユダヤ人のダビデの紋章着用、南部連合旗など。
  3. 差別。支配的な集団が法や慣習を用いて、他者の権利を否定したり、抑圧する。
  4. 非人間化。対立相手を人間と認めず、獣や悪魔と表現する。
  5. 組織化。支配集団が軍や民兵を集め、他の集団を根絶やしにする計画段階。
  6. 分極化。支配集団がプロパガンダを用いて大衆を煽り立て、対立集団の悪魔化と分断化を推進する。著者の考えではアメリカはこの段階まで足を踏み入れている。
  7. 予備的段階。支配集団が軍を編制する。支配集団が「殺さなければ、殺される」と連呼し、恐怖心で大衆を洗脳する。
  8. 迫害。
  9. 殲滅。
  10. 否認。

作者は最後の3つに関しては説明を全然加えていない。ここで最後に「否認」が出てくるのは、強い皮肉を感じる。ジェノサイドを行ったものは皆その自らの行為を否定している。