隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

兎は薄氷に駆ける

貴志祐介氏の兎は薄氷に駆けるを読んだ。本書は冤罪に関する法廷ミステリーだ。日高英之は叔父の死亡に関して任意の事情聴取を受けていた。聴取にあたった刑事があまりにも執拗に叔父の家に行ったのではないかと尋ね、疲れてきたので帰ろうとしたら、ストーカー規制法違反で緊急逮捕された。これは緊急逮捕の要件に当たらないので、違法な逮捕だ。その後、別件逮捕と勾留延長を繰り返されて、最後には何ら自白していないにもかかわらず、警察がでっち上げた調書に署名してしまい、更に無理やり拇印を押させられた。

物語はこの殺人事件として起訴された事件の弁護士の依頼で調査にたまたま関わることになった垂水謙介の視点で進行して行く。彼は会社のリストラの片棒を担いでいたら自分も最終的にはリストラされてしまった男で、しかも諭旨解雇にされてしまった。その時に色々世話になったのが依頼してきた本郷弁護士で、この事件の被疑者の足取りとかアリバイ調査の依頼されたのだった。

日高英之は22歳の自動車整備工で、法律の知識があるとは思えないような経歴になっているのだが、最初からかなり法律に詳しいような記述があちらこちらにちりばめられている。作者がバラまいている伏線なのだが、そうなると英之が冤罪になりそうな感じで起訴されたのも何か含むところがありそうだ。実は彼の父親は殺人事件で起訴され、有罪判決を受けた。しかし、具体的な物証が乏しい中、ほぼ自白により有罪になってしまった。このことも当然本書の重要なファクターだ。これ以上書くとネタバレになるので、書きにくい。だが、単なる親子にわたる冤罪事件という単純な物語ではないことは、作者も垂水に代弁させる形で提示している。では一体どういうことが裏にあるのかは最後の最後まで読まないとわからない。実際はこんなことは起きないだろうとは思いつつも、法廷での弁護士・検察・判事のやり取りも飽きさせなくて面白かった。

本書の中に書かれていたが、冤という字はワ冠の下に兎が書かれていて、「兎が覆いの下で身を縮めている様子」なのだという。字体にもよるがなんとなく免という字だと思っていたが、免だと点がないのでおかしいというとこに気づいた。この本のタイトルが「兎は…」となっているのも「冤」から来ているのだろうと思った。