隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

ラウリ・クースクを探して

宮内悠介氏のラウリ・クースクを探してを読んだ。エストニア人のラウリ・クースクという架空の人物の伝記だというのを聞いて、興味を持ったので、読んでみた。ラジオ文芸館スペシャル宮沢賢治生誕120年 - 隠居日録にも書いたが、架空の人物の伝記というと宮沢賢治グスコーブドリの伝記が第一に思い浮かぶ。というより、この小説以外架空の人物の伝記というのは記憶にない。

グスコーブドリは物語の最後である種英雄的な行いをするが、この小説のラウリ・クースクはそういう事とは無縁の全くの普通の人間だ。一つ特筆するならば、彼は少年時代にとびぬけたプログラムの才能があり、ソビエト連邦プログラミングコンテストで入賞するぐらいの能力があった。ラウリの物語は1977年ら始まる。時代はソ連の末期で、当時ラウリはエストニアの首都タリンから車で1時間ほどのボフニャ村に住んでいた。ラウリの父親は機械技師で、職場から壊れたTRS-80を持ち帰ってきた。実は完全に壊れていたわけではなく、ラウリの父親はそれを修理して使えるようにした。ラウリは見よう見まねでTRS-80でプログラムを覚えた。やがて学校にКУВТ(ソ連板のMSX)が配備され、ラウリはКУВТ上で動くゲームを作りホルゲル先生を驚かせ、放課後自由にКУВТを使うことを許された。

КУВТがきっかけとなり、レニングラード在住のイヴァンと運命的な出会いを果たす。そして彼らはエストニアのタルトゥにある中学校に通うことになり、そこでカーテャが仲間に加わり、硬い友情で結ばれることになる。しかし、時はソビエト崩壊の頃で、エストニアでは独立運動が活発になり、彼らもそれに巻き込まれて行く。

この小説はラウリの伝記なのだが、タイトルの通り誰かが現在のラウリを探しているジャーナリストも描写されている。このジャーナリスト誰なのだろうと読みながらずーと考えていたのだが、なかなか明かされなかった。ようやく第二部の最後で明らかになったときは、「あーなるほど」と思った。ラウリは全く普通の人なのだ。誰がその存在を知っていて、しかも探そうとするのだろうかという事だ。そこからはこれは単なる個人の伝記ではなくなった。ラウリを探しているジャーナリストの章も本書の重要な一部なのだとわかった。

この小説で一つ気になったのが、ソ連MSXで乗算を高速に実行するラウリのアイディアだ。
 xy = \dfrac{(x+y)^2 - (x-y)^2}{4}
なので、掛け算を二乗の差に変換し、二乗の計算はテーブル参照するという方法だ。Z80に乗算器はないので、通常は2進法の掛け算を地道にするしかない。しかし、この方法はテーブル参照なので高速だろうし、桁数に応じた繰り返しのループが必要ない。これに関してはXにポストされていて、


そのポストにあるリンク先によると「6502 by Stephen Judd in a C= Hacking article」が元ネタらしい。ラウルが考えたというのは作者の創作だが、こんな計算方法があるのは知らなかった。